第16回 BfV最大の危機・猛襲電撃篇
二人の間にあるのはパフェとパンケーキ、それと色とりどりなドリンク。それらに加えて、三枚の写真とメモがいつものファミリーレストランのテーブルに並べられていました。
――一枚目はストレートヘアで眼鏡をかけ、知的で清楚な感じの、やや大人びた少女。二枚目はスポーティーで元気そうで、ニコッとした笑顔が輝くような少女、そして子供っぽいけど、どこか落ち着きすぎたところもある少女。
風早マキは、まず最初の一枚を取り上げると、
「まずこいつ――こいつと言っちゃいけないかな、とにかくジュンが追っかけてった先にいた、この眼鏡っ娘から行こうか」
「三人とも、三年生だったんだね」
潤が念を押します。マキはうなずくと、
「そう、知った顔じゃないけど見覚えはあったのは、学年違いのせいだったんだな」
「なるほどね」
納得した潤に、マキはその少女の写真を示しながら、
「で……こいつ、じゃなくて彼女の名は真野薫、古典芸術研究会の会長で、趣味は油絵と博物館めぐり、それにチェスとパイプのコレクション」
「とはまた渋いね。それにパイプとは、まさか自分で吸うんじゃないだろうけど」
潤は、あのときの印象とあまりにぴったりだったせいもあり、思わず口をはさみました。
「おっとごめん、続けて」
うながされてマキは、ドリンクバーのアイスティーとアップルジュースをブレンドしたものを一口すすってから、
「まぁ実際、渋いというか大人っぽいというか、おじさん臭いという評判さえあったな。ふつうこれは悪口なんだが、女子の間ではかえってそのせいで人気があったりするらしい。今のところはそんな程度だな」
「じゃ今度は、君が遭遇したあの小っちゃな白衣の子について……今の薫さんとは反対に、僕の方に見覚えがあったんで調べてみたんだけど」
潤はそのあとを受けて、女の子持ちの手帳を繰りながら話し始めました。二枚目を飛ばして三枚目の写真をながめながら、
「名前は遠峯渚、科学部員だけど、あそこは個人個人が好きな研究をしていて、共同で何かをすることはそんなにないらしいんだけど、化学でも物理でも地学でも、困ったことがあると、この渚さんに相談するそうで、だからあだ名は〝博士〟というそうなんだ。ちょっとありがちすぎるけど、いろんな分野のハカセぞろいの部活でそう呼ばれてるってことは、みんなから一目置かれてる感じだろうね」
「見た目は、中学生にも見えないぐらいなのにな」
「それどころか、体力はあまりないみたいで、体育の時間なんかいつもゼェハァ音を上げてるらしくて、『何だかおばあちゃんっぽい』っていう声もあったな。もっともこれは、思わぬところで、誰も知らない知識を披露することがあるってとこからも来てるらしいよ」
「あの外見で、おばあちゃんの知恵袋か。ギャップありすぎの博士ちゃんだな」
マキはそう言って笑ってから、
「で、残るは一人、あのへそ出しマッチョのスポーツギャルなんだが……どうする、おれから発表しようか?」
「ああ、じゃあ君から頼むよ」
潤が、手のひらを差し向けながらうながすと、マキは二枚目の写真を派手なマニキュアを施した指で突っつきながら、
「ジュンもすでに知ってるだろうが、彼女つまり天音つばさは男女ともに大人気で、そりゃまぁ、あのルックスとスタイルでスポーツ万能、身体能力どうなっちゃってるのというぐらい運動神経抜群。だから痴漢やセクハラまがいの目に遭わされるのはしょっちゅうだというからひどい話だが、そのたびに一撃で相手をやっつけちまうらしい」
「それぐらいはやるだろうね。とにかくめちゃめちゃモテるらしいよ、しかも男女両性に」
「らしいね。ただ女の子には優しいが、男はほぼ例外なくはねつけるっていうんで、つまらない噂を立てる野郎もいるらしい。もっともそういう奴はつばさ先輩にコテンパンにされちゃうらしい」
「『つばさ先輩』が彼女のあだ名というか通り名か。そのまんまだけど、ぴったりだね。……さて、それはそれとして」
「うん」
潤とマキはテーブル越しに、それこそ変な噂を立てられかねないほど顔を近づけました。
「問題は、この三人の中に、トランク詰めにされた中條世梨子さんが運ばれてゆくのを見過ごしにしたものがいるかどうか……ということだね」
「そう。もしそうだとしたら、あの時の手品の種はあっけなく割れる。それが誰かさえわかれば、そいつから突破口は開けるはずなんだが……」
ファミレスのざわめきの中で語るには、あまりに重大な問題でしたが、あまりに重大すぎるがゆえに、まさかそんな会話が交わされているとは誰も思わなかったでしょう。
――あの公園での怪事件から、すでに二十四時間が経過していました。あのあとの二人の必死の捜索にもかかわらず、お
一縷の望みをかけて、翌朝の登校時を迎えたのですが、当然ながら彼女の姿を見出すことはできませんでした。たとえば脅迫や恫喝を加えられ、因果を含まされたあと帰されたとかであれば、まだ手の打ちようはあったのです。
かりに特殊な洗脳をかけられたり、体内に何かを仕込まれるような惨いことがあったにしても、とにかく存在だけでも確認できれば、まだしも希望はつなげなくもない。今はそれすらもできないもどかしい状況であって、解決の糸口といえば、あの公園での消失マジックの謎を解くほかないのでした。
といっても、ジョン・ディクスン・カーやクレイトン・ロースンが駆使したような手のこんだトリックである必要はありませんでした。彼らだったらきっと唾棄したような〝証人の嘘〟によって簡単に解決がつき、しかもその容疑者はあらかじめたった三人に絞りこまれているのです。
「だけど……」
マキはいつになく深刻に言いました。
「つまり、そう考えるということは、うちの学校内部に敵の手のものが入りこんでいることを前提としなくちゃいけないわけだな」
「そこが問題なんだよね。だとしたら、こちらもうっかり動けないことになる。その気になれば、僕らの身元だって簡単に割れるだろうし」
潤は頭に手をやりました。本当は思いっきり掻きむしるか引っかき回したかったのですが、女子高生のしぐさとしては似つかわしくないので、この程度にとどめたのです。
「まぁ、身バレが心配なら、こうやって二人きりのときでも『僕』はやめとくんだね」
相棒の心配を中和するように、マキが冗談めかして言いました。潤は突っこみ返して、
「そういうマキだって、割としょっちゅう『おれ』と言ってるじゃない。せっかくギャルなんだから『あーし』ぐらい使わなくっちゃ」
「おれ……あたしはいいんだよ。たまに男の子とデートしたりして、女子としての内面磨いてるし」
とたんに潤は目を丸くして、
「えっ、そんなことしてるの」
テーブルに両手を突き、身を乗り出しました。
「そりゃしてるよ。休日ならではの私服のおしゃれとかメイクとか勉強になるぜ」
「そ、それで、どこまですませたの。ひょっとして……」
潤は詰め寄りましたが、マキはほんの少し首を傾げ、ストローをもてあそびながらニヤニヤとするばかり。そのつややかな唇がかすかに動いて、「ヒ・ミ・ツ」とつぶやいたのは、訓練の一環として習得したリップリーディングからしてもまちがいなさそうでした。
潤は思いがけなさに、しばらく軽いめまいを覚えていましたが、やがて気を取り直し、今はもっと重要な案件があることを思い出すと、
「と、とにかく……中條さんの行方も知れないままだし、もちろん報告はしてあるけど、この件一度本部に行って相談してみようと思うんだ」
その言葉に、マキも真剣な表情に立ち戻ると、
「ま、今はそれしかないだろうな。敵の姿さえはっきりしてりゃ、いくらでも暴れてやれるんだが」
いかにも腕が鳴るといった感じで言いました。いつもはかなり暴走気味で、直接行動に出がちな風早マキですが、今回はそうしようにも手がかりが乏しすぎるのでした。
それから、しばらく――。
あのあとファミレスを出た潤とマキの姿は、まだこの街にもこんな昔ながらの商店街が、と感動させられるような通りの一角、とある古びた本屋さんの前にありました。
まだこの雑誌あったっけ、と首を傾げたくなる誌名を店名よりも大書した看板を掲げ(出版社が宣伝用に提供したものでしょう)、中には新刊書店はもちろん、古本屋でも見ないような書籍や漫画本が日焼けした状態ながら定価で売られています。
コレクターにはたまらないかもしれませんが、これは店主がもう仕入れの気力を失っている証拠。というよりそっちに手が回らないのかもしれません。
かろうじて雑誌は、取次が機械的に持ちこんでは回収してゆくので新しいものと入れ替わっているようですが、別冊や増刊のたぐいはとんでもなく古いものが残っており、とっくに終わってしまったイベントを大々的に扱ったり、今はすっかり爺さん婆さんになったスターたちが若々しい姿で表紙を飾っていたりします。
しかも店舗の一部は、駄菓子屋兼おもちゃ屋になっていて、近所の子供たちのたまり場になっていようかというレトロ&レアぶり。とはいえ、それもいつまで残されるかどうか。
その店の中を通り抜け、いったん靴を脱いでガラス障子で隔てられた日本間を通って、また靴を履いて裏庭に下り、飛び石伝いにそこを通って奥の木戸を通り、表からは見えない路地を抜け、とある古ビルの出入り口から入ったところが、われらがBfV――現憲法の破壊と民主主義の切り崩しを図る人物が総理大臣となった今では、反体制組織となってしまった憲法養護局の、ここが今は仮住まいなのでした。
もっとも一歩内部に入れば意外なほど広く、最新鋭の機器が隙間なく並べられています。ちなみに以前お見せした訓練は、こことつながった廃校跡で行なわれたものでした。
潤たちも、そうしょっちゅう来るわけではありませんが、行けばそこに今も息づく民主主義と法治の復活に向けた市民の願いが確かに感じられる、はずだったのですが……。
「こ、これはいったい……」
潤はそうつぶやいたきり、その場に立ちつくしてしまいました。マキはといえば蒼ざめた顔で拳を口に押し当て、次いで差し上げたそれを鉄槌のように振り下ろしながら、
「ちきしょう、いったい誰がこんなことを!」
全身にみなぎる憤怒を吐き出すように叫びました。いつもの、いかにもギャルっぽい余裕たっぷりな感じは、もうどこにもありませんでしたが、それも当然でした。
そこに広がっていたのは、すさまじい破壊と暴虐の跡でした。外観からは想像もつきませんが、そこには壁一面を埋め、複雑に電線うねくるパネルに無数のランプ点滅し、リレースイッチが絶え間なく音を立て、磁気テープが高速回転し、鑽孔テープが吐き出される、いかにもの〝電子頭脳〟が据えられていました。
もっとも、これらも時代遅れの骨董品を装うためのカムフラージュで、本物は背後に秘められていたのですが、少なくともその外面がメチャクチャに破壊されていたのです。
それが何者のしわざかは言うまでもありませんでした。それは、この憲法擁護局を地下に追いやり、今まさに国民のなけなしのポケットからお金だけでなく幸せを盗み取り、何より榎本潤と風早槙の二少年が今の姿に変身せざるを得ない理由を作ったものたちです。
……もっとも最後の件については、あんなきっかけでさえなかったら、ちょっとぐらいは感謝してやってもよかったのですが――などということはともかく。
見ると、無残に破壊されたマシンたちは、まだしきりと煙を上げ、火花さえ散らしています。ということは、ここへの侵入と暴力からはまだそれほど経過していないということでしょう。
そのことに潤が気づいたまさにそのとき、
「おい、ボスたちはどこだ。まさか……」
マキの声にわれに返った潤は、「行こう!」と相棒をうながし、コンピュータールームを飛び出すとそこからつながった建物内の各室を洗いざらい調べました。今さら気づいたのですが、二人にとっては初めて見る場所が多く、というのもボス、ドック、エースの三幹部は直接顔を見せることはなく、だいたいは声のみ、せいぜいテレビモニターを通じて影のような姿を見せるのは通例だったからです。
(ということは、ここで誰かと出会ったとしても、それが本物である保証は……)
そんな不安がよぎりましたが、だからと言って捜索をやめるわけにはいきません。あらかた見回り終えて、潤とマキが焦燥と不安の表情を見交わしたとき、どちらからともなく、
「地下だ……」
「地下の駐車場か!」
そう言い合った十数秒後には、二人はエレベーターでまっしぐらに地階に降下していました。ドアの向こうに敵が待ち構えていることも考慮して、両側の壁に貼り付きます。
幸い扉が開いたとたん乱射乱撃ということはなかったのですが、それは彼らの到着が今一歩遅かったことを示していました。
エレベーターのケージから飛び出した二人のTSJKが見たもの――それは目の前に止まった、装甲車と見まがうような大型のワゴン車であり、自動小銃らしきものを持ち完全武装した男が、目隠しマスクをかぶせられ、拘束衣のようなものを着せられた人影たちを、車内に追いこんでいく光景でした。
人影たち? そう、今まさに囚われつつあるのは一人ではありませんでした。一、二、三……その数と、大・中・小とそろったサイズの取り合わせは、マスクと拘束衣に覆われた真の姿を推察させるに十分だったのです。
「ボス、ドック、エース……!」
潤とマキがほぼ同時に、搾り出すようにその名をつぶやいたときでした。後部ドアが荒々しく閉じられるやいなや、ワゴン車は急発進の金切り声をあげながら、すさまじいスピードで地下駐車場を駆け抜けていったのでした……。
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