第3話 前向きに、身辺整理をする私

多分死ぬに違いない。

何でも極端に考える私は、そんな予感がしていた。


色々な方の旅行記を読んで、沢山の危険について調べていく内に、今度は人ひとりの死について考えてみることにした。

母は、悲しむだろう。

まず浮かんだ光景は、母方の祖母が死んだときのこと。

祖父の方は私が3才の頃に亡くしているので朧気に、断片的にしか記憶に無いが、母は当時40代にして両親を失ったのだった。

私は今でも夜の、変な時間にかかってくる電話の着信音が怖い。

上の弟(私から見て伯父)からの電話を受け、台所で崩れ落ちて泣く母の姿はきっと一生忘れないと思う。

嗚咽混じりに祖母が死んだことを伝えると、続いて妹も泣き出した。父はいつも通り、黙り込んでいた。

そんな中、私は泣けなかった。

母の実家は雪国で、寒くて風呂どころじゃないだろうとシャワーを浴び、髪を乾かし、親戚が集まっているだろうことを予想し最低限の身支度を整え、荷物をまとめて父の運転する車に乗り込んだ。

道中で1度コンビニに寄って、ちょっとだけ奮発した値段の栄養ドリンクを母に、いつもの安い栄養ドリンクを自分用に買って、母に渡した。

「向こう着いたら、忙しくなるんだから飲んどき」と。

それ以外、あとは何も話す気力なく、山道をぐるぐると揺られながら後部座席で母の啜り泣く声を聞いていた。

祖母の家に到着し、母を支えて玄関に立った瞬間、母は祖母の眠る仏間に走り出した。

私は、靴を脱いでからも足が竦んで上手くあるけずによたよたと歩くのがやっとだった。

人生で足が竦む経験なんて、初めてだった。

祖母の遺体に縋ったとき、 

冷たく、硬かった。

生き物が死んだら、こんなに冷たく硬くなってしまうということを、初めて知った。

先日、道で野良猫が横たわっていた。

猫に触れると、祖母と同じ、冷たく硬くなって亡くなっていた。私は6年経ってもまだ、祖母のあの感触をおぼえていたのだ。


あの絶望に、私はこれから何度も遭遇していく事になるだろうに、また堪えられる自信が無い。

もし私が死んだとしたら母はーー?


パリ行きを決めた私は、まず始めに身辺整理をすることにした。

とはいえ準備期間は3ヶ月ちょい。急がねばということで、

①もし航空事故に巻き込まれたら

②もし帰国日になっても帰ってこなかったら

③もし渡航中、連絡が途絶えたら

④もし渡航先で死亡したら

と4つのを考えてみた。

①と②は同じ。A4封筒に《・往復航空券のコピー・パスポートのコピー・宿泊先の予約バイヤーのコピー・大まかな日程表一覧・その他列車の予約席のコピー》を纏めておき、母が大使館に駆け込むなり何なりする時に必要な諸々を封入。冷蔵庫の脇に貼り付けて置いとく。

③については事前にパリにいる友人(日本語能力は日常会話程度)と母でLINEの交換をしておく。住所も置いて行った。

④この場合はある意味簡単ではある。

家族の元に何らかの公的機関から連絡があるだろうし、その指示に従い、予め用意しておいた封筒を持参すれば良い。


次に用意したのは、遺書。

実はこの辺で、母にフランス行きをカミングアウト。当然反対した母ですが、最終的には

『遺書、書いてきなさい』

と。

これが案外地獄の作業で、書いている内に段々と、

『あれ、私死ぬんだな』

とうっかり死にそうな気分になってくる。

死ぬような気が増してしてきた私、感極まって深夜泣きながら遺書を書くのであった。

しかしまぁ帰ってきて読むと無駄な文章が長々と続くかと思いきや、しっかりしてる所もありましたよ…!

のコピーと大まかな保障金額の内訳。

『遺体が向こうに在るならば、向こうで燃やして貰って結構です。どうしてもという希望があれば保険金を使って渡航して頂いても結構ですが、治安が悪いので余りお勧めはしませんし、そんな事よりも保険金を有効に使って下さい』

だそうです。因みに親不孝者なので死亡保険は20,000,000円かけていきましたよ…。


続いて断捨離。

人間死ぬかもしれないって思うと驚くほど物捨てられるんだ、と思いました。

とはいえ活字中毒な自分は膨大な量の書籍類にまでは手が行き届かず。

遺書に悪いがまとめて古本屋に出張買い取りをお願いして下さいと記しておきました…。


以上、前向きに身辺整理をしてみた丸山千冬の体験記でした。

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