石上さんが石上さんである理由
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石上さんが石上さんである理由
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期待の新人作家・石上レザー氏が登場した際、ネットは大いに盛り上がった。
『石上レザー? え、ハーフなの?』
『そもそも男性? 女性?』
『ぶっちゃけネーミングセンスなさすぎー!』
『でもでも、一度聞いたら忘れられない破壊力はペンネームの役割を考えれば、ぶっちゃけ大成功と言える、のか?』
『確かに。まずは覚えてもらわなくちゃ始まらないという理屈なら大成功と言えるのかも……』
ちなみに石上レザー氏は生粋の日本人の女性である。決して、ハーフというわけでもなく、女性であることを憂いた結果として中性的な名前を求めたわけでもないという。
しかし、如何せん彼女のペンネームは想像以上に破壊力があるらしい。石上レザー氏本人がペンネームについては、再三インタビューで回答し、SNSで記載しているにも関わらず、一向にデマ情報を含め、彼女のペンネームについての盛り上がりが収束する兆しはまるで見えない。
それどころか【石上レザー】というフレーズを馬鹿にするフレーズとして揶揄して用いるネットユーザーさえ登場する始末。彼女が表舞台に一切顔を出さないことも合間って、無責任な言動がネットを中心に飛び交っていた。
さて、そんな世間の声に振り回されることなく、彼女はデビューした後も着実に作品を発表し続け、じわじわとファンを増やしていく。
そして、デビューから三年。
遂に表舞台に立つことを頑なに拒絶していた彼女の転機が訪れる。公の受賞式が開催される賞を受賞する運びとなったのだ。
***
さて、受賞式当日。
公の場に姿を現した石上レザー氏を目撃した者たちは思わず声をあげたという。彼女があまりにも普通すぎて……。
実際、石上レザー氏の見た目は本当に地味なものだ。とはいえ、ずっと家に引きこもり原稿とにらめっこしていている割には小綺麗だが、まるでハーフのようなペンネームを名乗っている事実を考えると、名前(ペンネーム)負けの風貌と言われても致し方がない。そう考えると随分とハードルの高いペンネームを名乗っているものでもある。
そんな石上レザー氏の授賞式の受け答えが生中継されると同時に世間の風当たりが一夜にして変わることとなる。それは彼女の【石上レザー】というペンネームの由来を自らの声で語ったからに他ならなかった。
授賞式でペンネームについての質問に及んだ際、彼女は以前から各所で述べている通り、国籍を不明にする意図も性別を隠すつもりもなかった旨を淡々と語る。そして【石上レザー】というペンネームの由来を尋ねた司会者に、丁寧に真相を答えていった。
***
「【石上】はそのまま【石の上にも三年】からですね。まずは三年、とりあえず三年。どんな仕事も逃げずに耐えよう、やり抜こうと思ったんです。その決意ですね」
「あぁ、成る程。石上にはそんな意味があったのですね。では、【レザー】はいったいどこから?」
「ズバリ、革婚式からですね」
「革婚、式……ですか?」
「はい。革婚式は元々三年目の結婚記念日の呼び方なんです。二十五年目が銀婚式、五十年目が金婚式というように、三年目は革婚式と呼ばれるみたいで」
「え、と。ペンネームを決める際、結婚三年目と何か密接な関係があったのですか?」
「……ふふふ、ここだけの話。実生活ではまだ未婚なんですけどね。【石の上にも三年】と決意し、まずは三年を目標にしていた私にとって【石上】を名乗り続けて迎える三年目には大きな価値があるかと思いまして。それで【革】ではあまりに味も素っ気もなさすぎる気がして【レザー】にしてみたのですが……思いの外、ぶっ飛び過ぎていたみたいで」
「いいえ、いいえ! 凄く素敵な由来ですよ!! そして、有言実行よろしくデビュー三年目でこんなに大きな賞を受賞されたのですから、やはりペンネームとして日々向き合い続けた成果は大いに出ていると思いますよ!!」
***
その後、ネット上で【石上レザー】というフレーズそのものの扱いさえ大きく変わることとなる。馬鹿にするニュアンスで用いることはピタリと止み、有言実行の勤勉で且つ仕事が出来る意味合いで専ら用られる。
世間の変わり身の早さに、そして華麗すぎるてのひらの返しに、ネットを中心に問題定義されることもあったが、何処吹く風と石上レザー氏本人が気に留めることさえしていないため徐々に収束を迎えることとなる。
だが、ここだけの話。
実際は適当に名付けた【石上レザー】というペンネームが予想外に炎上したため、必死に後付けを考えた彼女によるプロデュースにより、見事三周年の記念として長らく美しい秘話として語り継がれていくなんて彼女もまた知る由がなかった。
【Fin.】
石上さんが石上さんである理由 @r_417
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