ヤンデレストーカー



「何を笑っている!!」

「ごめ、悪気は……マジで入った。待って……」


 みぞおちに奇麗に放たれた一撃に悶え咳き込みながらも、俺はなんとなく事態を理解し始めていた。

 要するにコイツは、「自分には才能が有るのに、才能がない奴の方が認められててムカつく」というのが動機ではなく「自分が憧れる先生に近寄りたいけど、自分より先に別の奴がいるのがムカつく」ということらしい。


 とはいえ、なぜ俺を殺さないように気を付けているのか、というのは少し気になるが……。


「次の質問だ!」

「まだ続けるの? 一応答えるけど」


 俺は咄嗟に思いついたことを口にしてみる。


「じゃあ、こっちからの質問にも答えてくれ」

「質問ができる立場だと思っているのか?」


 相手は先生のことを知りたい。だったら、先生の情報をダシに使ってやる……


「じゃあ、先生の今の好物を教えよう。俺の質問に答えてくれたら!」


 耳元でタマモちんが言う。


「そこは自由を望むんじゃないんですか? ってか、いくらなんでもそれに乗ってこないでしょ。そこまでバカな感じではないんじゃ……?」


 が、タマモちんの心配も他所に、契約主は言う。


「今の、先生の、好物……! 麦粥ではないというのか!? 先生の好物が!!」

「む、麦……いや、今は食べてないなぁ……」

「なん、だと……」


 ふらふらと膝から崩れ落ち、なにやらぶつぶつと「あんなに練習したのに」「ボクの作った手料理を食べて欲しかったのに」などと口にしている。

 これ、やっぱりそうなのでは? そっち方面なのではないか? この契約主という奴は……

 となると……先生が度々俺の作った料理を(タマモちんと三人で)食べてると言ってたら、殺されていた気がする。

 ちなみに、ミーファが先ほどから小さく震えながら笑うのを我慢しているのに気付いているのは、俺だけだろうか?


 契約主はふらつきながらも立ち上がって言う。


「い、良いだろう。先生の今の好物を教えてもらおうじゃないか……代わりに何が聞きたい?」


 こんな阿呆な交換条件で本当に良いのだろうか? なんだか、悪い人ではない気がしてしまうんだが……




 ともあれ、俺は気になっていることを聞くことにした。


「俺には用は無いが、“白磁の少年”には用があると聞いた。それは……どういうことだ? 先生に何の用がある?」


 契約主は、また自身の顎に指を添えて考え、少しの沈黙ののちに口を開く。


「先生が使徒になったが故に、ボクの前から去ったのだと知ったのは、ボクが彼の研究を引き継いで七年が経過したころだった」


 やっぱり、コイツは先生が使徒になる前の関係者らしい。


「先生に弟子入りを果たして五年目のある日、先生は唐突に姿を消した。跡形もなく……。使用人たちは『放蕩の旅に出た』だの『どこかで自害されたのでは』などと、厚顔無恥にもほどがあることを抜かしていたが……そうではなかった。

 ボクは、その後五十年をかけて先生の研究を洗い直し、組み立て直し、ついに先生が『悪魔と契約した罪で神の奴隷となった』ことを知った! だから、ボクもまた、先生の後を追い、悪魔と契約し、使徒になった。そう、彼女たちと契約し、支配下に置き、神の罰を進んで受けるために……」


 ミーファたち三姉妹は、契約主の言葉を表情一つ変えずに聞き流している。


「そうまでしてなんで……使徒がどれだけ残酷なものか、知ってたのか?」

「知ってたとも。先生はそこまで研究しておられた。その研究成果を注いだのだから当たり前じゃないか!」

「知ってて使徒になったのか!? 不老不死になるためか?」


 契約主は声を荒げて答える。


「不老不死など、そんなもの、ボクには何の価値もない!!」


 そして、少しずつ息を整えながら、彼はぽつりぽつりと言う。


「ボクの望みは、先生だ。先生は、ボクの才能を認めてくれた。ボクに居場所をくれた。それだからこそ……そうだ、だからこそのだ……そのために、使徒になったのだから」


 こいつは……先生の信奉者じゃない。こういう存在を、なんというんだったか、ああ、そうだ……

 こいつは、先生の狂信者だ。



 その時、町の中にサイレンが響いた。

 空襲を思わせる低く唸るサイレンが街中に響き、街の中がざわめき立つ。人々がどたどたと、まるで寄る波から逃げる蜘蛛の子の様に、それぞれの建物から、施設から、ビルから一斉に動き始める。


「なんだ? なにが起きてるんだ?」


 耳元でタマモちんが言う。


「先ほど確認した巨大な炎の狼が、ここから二キロ先に出現しました! 頭の向きからして、こっちに来ます!」


 あの巨大な炎の狼が、街を焼いたあの怪物がまた来る。

 俺は契約主に言った。


「おい、こんなことしてる場合じゃない。デカい怪物が来るぞ!」


 だが、契約主は俺の言葉を聞こうとしない。


「それで、先生の好物はなんだ? 聞かせてくれる約束だっただろう?」

「今それどころじゃないって解って言ってるのか!?」

「それをネタに引っ張って逃げるつもりだろう? いいから言え。言うんだ! 先生の全てをボクに教えろ! 今の好物は!? 今の煙草の銘柄は!? 今の愛読書は!? 今の研究内容は!? 言え!!」


 問い詰めるように迫り、俺の顔を、今度は素手で掴んでくる。


 だが、俺たちからさほど遠くない場所で爆発音が響き、人々の悲鳴が迫ってくる。火災を示す黒煙があちこちから上がっている。


「好物ぐらいいくらでも教えてやる。ついでに作り方まで直伝しようか? それよりも、こんなことしてる場合じゃなんだって!」


 そして、俺の視界に、あの巨大な炎の塊が現れる。

 俺たちが居る公園に隣接したビルを踏み砕き、まっすぐに、その真っ黒なうろで出来た目で俺たちを見下ろしている。

 その熱たるや凄まじく、肌がじりじりと炙られている感覚がある。逃げなきゃいけない。タマモちんを着ていてこの暑さは、間違いなくまずい。

 契約主がぼやくように言う。


「作り方? そうか、作り方がある料理か……料理など栄養が取れれば十分だというのに……」


 ええい、コイツを説得しないと丸コゲになる未来しか来ない!


「いや、そうじゃないさ。美味しく作ってやれば、食べた奴は笑顔になるって」

「笑顔……笑顔……」

「そうだ! 美味しく出来れば、先生も笑顔になるって! 俺なら、詳しく教えられるけど」

「そうか……では、その料理に関して教えてもらおうか」

「ああくそっ! そう来たか! 暑くてそれどころじゃないんだって!」


 狼は大きな口を開け、地面を抉りながら地面ごと俺たちを飲み込もうとする。

 もはや完全に諦めかけたその時、ビルがどこからか飛んできて、狼の横っ面を殴るかのようにぶつかった。

 炎の狼は弾き飛ばされて転げまわる。辺りに炎を散らしながら、頭を振って狼は立ち上がった。

 それに応えるように、契約主は手を振り上げる。すると、振り上げた手に合わせて、家屋が、ビルが、鉄橋などまでもが、町中のあらゆる建物が次々に宙に浮かび上がる。

 そして、契約主が振り下ろした手に合わせ、次々に狼を叩き潰さんと降り注いだ。


 契約主が俺に、何事も無かったかのように向き直る。




「それで、調理法も教えてくれるんだったな。詳しく」



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