当作品は、変態が多数出没します。今更ですがご注意ください。
「なんだ? 予想と違って既に正気を取り戻しているのか。それともまだ悪魔の幻覚の中に居るのか? その行動は」
恥ずかしさと怒りと謎の喪失感とで、誰も居なくなった場所に砂を掴んでは投げていた俺の背後から、声がかけられる。
黒髪に黒い外套、という俺にそっくりな服装だが……圧倒的に顔の作りが向こうの方が良い。
さらさらと流れる黒髪に、ビロードのような手触りの良さそうなロングマント。その内側に何やらごてごてとした見たことも無い金属の道具が、それぞれ別々のホルスターに収められている。
背は俺と同じぐらいで、おそらく年齢も同じぐらい、だろうか?
その背後には、人の姿に戻っているミーファたち三姉妹も居る。彼女たちを従えているということは、こいつが……
「言わずともわかっていると思うが、ボクが彼女たちを使って君を探していた契約主、という奴だ。探していたぞ、茶島 シュン」
今日は本当に初めて会う人に名前を呼ばれる日だ。
しかも全員殺意に溢れてるとか厄日を通り過ぎている気がする。勘弁してくれ。
俺は現れた契約主に言う。
「俺のことを探して、そして殺すつもりだって聞いたけど?」
どちらにしろ、まともに逃げることができるとは思えない。
そもそも、悪魔たちのあの戦闘を見るに、戦いになれば……最悪の結果しか見えない。
とはいえ、素直に殺されるわけにもいかないんだけど。
確か、同行者が危機に陥ると、使徒には聖霊を通じて報告がいくんだったか、そんなことを聞いてはいるが、実際に先生が駆けつけてくれたことはないので、なんとも信ぴょう性は薄い気が……他に頼る伝手も無い。偶然ニックさんでも通りかからないだろうか?
ベストは、危機に陥りつつ、命の危機に陥らないぐらいを……それってどこだよ……
ミーファ三姉妹を引き連れた黒づくめの契約主とやらは言う。
「いや、君の命を奪うつもりはない。追いかけまわして悪いが、君には実際のところ用が無いに等しい」
「は? どういうこと?」
契約主は考えるように自身の顎に指を添えて黙り、少ししてから口を開く。
「まぁ、いくつか君に聞きたいことはあるんだ。質問に答えてくれれば……あとは、そう、“白磁の少年”を呼び出せればそれで良い」
そういえば、そんな話だっけ……
俺は契約主に言う。
「そうだ。俺が“白磁の少年”の弟子じゃないかって言ってるけど、俺、先生の弟子になったつもりないから!」
「じゃあなんで“先生”なんて呼んでるんだ!」
急に目を見開き、鼻息を荒くしながら契約主は俺に詰め寄ってくる。
「先生を“先生”と呼んでいいのは、弟子だけだろうが!! 君は弟子でもないのに、先生を! 先生と! 呼んでいるのか!!」
え、あの、何この子?
突如、ため息をつきながら契約主の表情が軟化し、落ち着いた口調に戻る。
「いやなに。君が弟子でもなく、まして“共感魔術”に気付かないほど愚鈍なのに先生の旅に同行している理由が知りたくてね」
「そ、それは俺も知らないんだけど……」
その一言がよほど気に入らなかったのか、契約主はまた表情を崩しながら怒鳴り始める。
「知らないくせに何でそこに居るんだ、君は! ボクが居るべきなんだぞ!! 先生の隣には!! 弟子は、ボクの席なんだぞ!!」
そう言うや否や、契約主が俺の前に手をかざすと、途端に俺の首が何か見えない手で締められるような感覚に襲われる。そのまま足が地面から離れ、俺は宙づりになった。
「何の魔術の才も無いくせに! 凡百の有象無象の一人のくせに! どうして最高峰の魔術師である先生の弟子をしているのか!!」
「だから、弟子じゃないって、言ってる、のに!」
「でも旅に同行してるじゃないか!! ボクは同行できてないんだぞ!!」
ああ、要するに、コイツ、嫉妬で俺を殺しに来てるのか。
多分だが、コイツは自分の才能を先生に認められ、弟子として旅に同行したい、ということなんじゃないだろうか? 才能があるが故に、才能がない奴が旅の同行者になって居る状態が、羨ましいんだ。自分の才能があるが故に。
「そうは言っても……俺だって、この世界に来たばかりの時に、他に選択肢がなくて仕方なく……」
「仕方なく!? 今、仕方なくと言ったか!? ああ!? 聞き間違いでなければ、仕方なくと言ったのか!!」
あ、言葉選びを間違った。
息を荒げながら、契約主は俺の首を絞める力を強める。
しかし途中で冷静に戻ったのか、俺の首を絞めていた魔術を離して地面に落とした。
地面の上でむせ込む俺に対し、契約主は言う。
「今からする質問に答えてもらう。嘘偽りなくだ。良いな?」
「質問? 何が聞きたいんだよ」
ミーファとフィラが俺の両脇を抱えて無理に立ち上がらせる。自分で立てると振り払おうとしたが、拘束の意味もあるのか放してくれそうにない。
契約主の表情は冷静な時の物に戻っているように見えるが、まだその目は怒りを秘めていると、俺には思えた。
「一つ目の質問だ」
それで、いったい何が聞きたいんだ、こいつは。
「先生の洗濯物は、今誰が洗っているんだ?」
は?
一瞬、思考回路が止まる。
目の前にいる顔面偏差値の高い黒髪のイケメンが、真顔で、真剣な面持ちで聞くことが、それ……?
「答えろ!! 先生の脱衣した服は、誰が洗っているんだ!!」
「え、あ、えーっと……一応聞いて良い? 魔術的に必要なの? それ?」
「そんなわけがあるか! ただ単に知りたいから聞いてるんだよ!!」
なんじゃそりゃあ!! 質問の意図が解らんぞ!!
ともかく、俺は考えながら口にする。
先生の信奉者で、俺が先生に近い位置に居るのが気に食わないと勝手に思い込んでる輩だ。出来る限り、俺と先生が関わってないような答え方で誤魔化すのがマシ、だろうか? というかなんでこんな阿呆な質問で命の危機に曝されてるの、俺!?
「えと、その、洗濯機が……洗ってます」
「洗濯機! ……そうか。魔術も使わず、かといって洗濯板も使わずに……洗濯機」
何か納得したように、真顔で契約主は考え込む。
洗濯板? 洗濯機がなんだか珍しいみたいな物言いだが……待ってよ?
こいつ、先生の関係者だって言ってたな。もしかして、先生が使徒になる前の関係者なのでは? その時の弟子、とか? だとすると、先生が使徒になる前の年代の人間で……いやいや、じゃあ何で今居るんだ?
も、もしや、この人も、使徒、だったりするの? 使徒って変態しかいないの?
「二つ目の質問だ!」
「え、あ、はい」
今の質問、今の答えで良かったのか? いやむしろ何でここまでして聞きたかったの? 今の質問。答え合わせしたい!
「先生の昨晩のお食事は!?」
それ知りたいの? なんで?
「答えろ!! 先生は昨晩何を召し上がられたのか!!」
「え、えーっと……確か……」
確か、昨日の晩は珈琲と徳京のデパ地下で買った鴨の燻製を食べてた、っけか? あとは……チャーハン? いや、何か他にも食べってたっけ? 覚えてねぇよ!!
「鴨の燻製、だったかな? 珈琲と、あー、チャーハン?」
「鴨と珈琲……! それに、チャハーン!」
ごめん。噴き出した。
直後、契約主による腹パンがさく裂したのは言うまでもない。
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