蛇に噛まれる前に、鬼が来る



 フィラは顔を赤らめながら言う。


「お、お前もあたしが“残念”とか、アホとか言うんだろ! 騎士道精神で逃げる丸腰の相手を斬りたくないってのはいけないことか!? 自己犠牲精神とかちょっと涙腺に来る悪魔はそんなにおかしいか! この野郎!!」

「誰もそんなこと言ってないんですが……」

「顔だ! 顔が言ってる!!」


 いや、むしろ“契約主”の命令で、俺を斬る事は出来ない、というところのが重要だと思うんだけど……彼女はそうは思ってないらしい。

 ともあれ、すぐさま命の危機、というわけではないならひとまず安心できる。それに、なんだか人情系ヤンキーだったみたいだし……これは交渉できるのでは?


 と思っていた矢先、俺たちから少し離れた場所に、ミーファともフィラとも別の黒髪に黒スーツの女性が空からふわりと降り立った。


「何をしているの? フィラ姉様」

「あ! ストス! こいつら、あたしのことアホって言うんだ!」


 思わず二人の会話に突っ込みを入れる。


「言ってない!」


 そういえば、フィラが“ミーファ三姉妹”と言っていたっけ……三姉妹。

 長女ミーファ、次女フィラ、三女が今現れた……ストスか。

 というか、長女はロングヘア。次女がポニテで……三女はツインテールか。しかも三人とも黒のスーツ……契約主、お前の趣味じゃないだろうな!?


 黒のツインテールに黒のスーツを着た女性、ストスが言う。


「なるほど。大方、フィラ姉様が独りでに口を滑らせて、独りでに緩い涙腺が崩壊し始めただけでしょう」

「ストス、キツイ。その分析、キツイよ」

「茶島 シュンをその場にとどめておくように、適当な会話でもしておけ、とは、契約主の命だったのですから、フィラ姉様は任務は果たしています」

「ストスぅ! そうだよ、あたしは頑張ったぞ!」

「そうです! いつものミーファ姉様とフィラ姉様の詰めの甘さや残念さと比べれば、まだマシです!!」

「ストスぅぅ!」


 なるほど。この三姉妹はこんな感じか……。長女は今ここに居ないが、“あんな”だったもんな。


「ああっ、見ろ、ストス! 茶島 シュンのあの顔! あの可哀想な動物を見るかのようなあの顔ぉ!!」


 フィラが半泣きになりながら妹へ抗議する。

 だが、その肝心の妹は……ほくそ笑んだ。


「なるほど。茶島 シュン……あなた、持ったより早くフィラ姉様の扱いに慣れ始めているとは……侮れませんね!」

「おいぃ!!」


 いや、この可哀想な動物を見るかのような顔は、君たち三姉妹全員を対象にしているよ……

 タマモちんが俺に言う。


「茶島さん、もしかして、これって二人が揉めてる間に逃げれるのでは?」

「俺もそんな気がしてきた。むしろ、逃がしてくれそうな気がしてきた」


 なんだろう、なんだか、やっぱりこの三姉妹からは命を狙われることは無さそうな気がするというか。残念、ヘッポコすぎるからだろうか? なんか気が抜けるなぁ。







 突然、何かが轟音と共に十字路に降りった。

 アスファルトは衝撃でひび割れ、大地が揺れる。立ち込める粉塵の中から、燃える様な赤い髪に褐色の肌をした、筋肉質で大柄の男性が立ち上がる。

 その燃える様な赤い髪に、どこか見覚えがある。あれはどこで見たのだったか。

 先生が『“褐色の肌に燃える様な髪をした少年の姿をした悪魔”』と関わるな、と言ったのは……いつのことだったか。


 ついさっきまでふざけていたフィラとストスが、何かに弾かれたかのように動き出し、武器を手にその燃える様な赤毛の男に斬りかかる。

 二人が切りかかった衝撃で、アスファルトは大きくくぼみ、衝撃波が周囲を薙ぎ払う。

 フィラが持つ大剣は、彼女曰く、万物の硬さという概念を切り払う、というすさまじい切れ味を誇っている物であったが、赤髪の男はそれを左手の人差し指と中指だけで受け止めている。

 ストスは何か、円形の盾のようなものを持ってそれで叩き潰そうとしたようだが、これもまた右手の指だけで止めている。


 更に、どこからともなくミーファが刀を手に現れて二人に加勢する。

 直後、赤髪の男は斬りかかっていた二人を軽々と跳ね除け、ミーファが突き出した刀を、まるで赤子の手を払うように左手で軽々と払う。

 そして、右手で、羽虫を払うように手を振ると、それだけでミーファが強風にあおられたかのように吹き飛ばされる。

 赤髪の男は余裕をもって言う。


「酷いじゃないか。ただこの場に来ただけだぞ。ご挨拶だなぁ、お前はいつだって辛辣なんだから……あ、いや、今は……お前たち、か。はは、情けない姿だ」


 アスファルトに刀を差して踏みとどまりながら、ミーファは赤髪の男を睨みながら言う。


「黙れ、小さな角!! お前の声など聴く耳を持たない! 我々聖霊は、お前を見つけ次第撃たねばならない!!」

「おやまぁ、悪魔になってまで、“聖霊の縛り”に従うなんて……そんなことをしても……そう、誰もお前を愛さないぞ」


 その一言がどういう意味を持つのかは分からないが、ミーファたち三姉妹はこの上ないほど怒りをあらわにした。怒髪、天を突くとはいうが、先ほどまで美しくもあった三人が、鬼のような形相で、絶対的に許せないのだと全身で怒りを表し、長女であるミーファが咆える。


「黙れえぇぇぇえええええ!!」


 その怒りは彼女たちの姿を漆黒の異形の者へと作り変える。

 ヤギのような巻き角に片方だけの羽根、黒いスーツはそのままに、肌は黒く鎧の様に変化する。そして、彼女たちがそれぞれ、刀、大剣、盾を手に持ち、目の前の赤髪の男へ飛び掛かろうとした。


 だが、そうしただけだった。

 

 なぜなら、それより早く、ただ、赤髪の男が三人の間を通り抜けただけで、三人は地面に倒れ伏していたのだから。

 赤髪の男は、まるで街中の雑踏で誰かにぶつかってしまったかのように言う。


「ごめんよ、ちょっと通りたかったんだ」


 そう言って、赤髪の男は俺の傍まで近づいてくる。

 俺は、既にわかっていることをタマモちんに聞く。


「なぁ、タマモちん、あれも……悪魔だよな?」


 タマモちんは、少ししてから答える。


「はい……でも、あんなの、いくら何でも規格外です……」


 赤髪の男は、俺の前に立ち、そして……



「お久しぶり。あ、そろそろ普通にしていい? 疲れちゃってさぁ」


 縮んだ。


 いや、縮むんかいっ!

 先ほどまでの威圧さえ感じる筋肉質の男はみるみるうちに縮み、褐色肌に燃える様な髪の色をした少年へと姿を変える。

 整った目鼻立ちに、長いまつ毛、日に煌めく赤い体毛と、吸い込まれるような黒い瞳。すらりとした褐色の手足。

 それは、フルーレの国に初めて行った時に、ぶつかって財布を盗んでいった、直後先生に斬りかかられていた、あの時であった少年そのものだった。

 というか、先生の2Pカラーと言った方が、イメージはつきやすいのではないだろうか。


「この姿の方が、見覚えあるかな? 茶島くん」


 なんで悪魔はことごとく俺の名前を知ってるんだ……

 続けて、褐色の少年は言う。



「早速だけど、君、オレに聞きたいこと、あるよね? 例えば……そう、とかさ……」



 その少年は、悪魔というだけあって、俺の心の奥底が覗けているかのように、ニタリと頬を吊り上げた。



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