長女がああでしたから、次女もきっとやるもんだね、っと



 大きな十字路の真ん中に居る黒髪に黒いスーツの女性。その面立ちに、俺はミーファを感じた。

 明らかに違うのは、その髪型だ。ミーファは髪を束ねていない黒のロングヘアだったが、十字路に立つ女性は後ろで一本に束ねている。

 それに……


「どうした? 襲われないと高を括る理由、あたしに聞かせてくれよ!」


 そう言いながら、目の前の女性はどこからか取り出した、身の丈ほどある大剣を肩に担ぐ。

 先ほどボートの上で会ったミーファより、こちらの女性の方が、いうなれば荒々しい感じを覚える。


 タマモちんが俺の耳元で言う。


「言うまでもないでしょうが、あれも悪魔です。先ほど舟の上で会ったのとは別個体ですね」

「やっぱり? 向うのは敵対するのは渋々という感じだったけど……今目の前にいるのは既に戦闘態勢だよね、あれ」


 十字路に立つ女性が俺たちの方へゆっくりと歩いてくる。


「まさかとは思うけど、君も契約主に言われたので、という理由で俺を、“茶島 シュン”を追いかけてる?」


 彼女は鬱陶しそうに一度眉間に皺を寄せながら立ち止まる。その視線はどこか、なにも無い空間を睨みつけているように見える。

 が、微かに、俺の耳にも、ぼんやりくぐもった声のような物が聞こえた。


「会話を……フィラ、君の……これは命令だ」


 目の前の女性は舌打ちし、その場にとどまったまま、俺の返答に応え始める。


「ああ、そうだとも。契約主の命令により、“茶島 シュン”をその場にとどめるように言われている」

「留まればいいんだったら、その物騒なものを下げてくれると安心できるんだけど」


 俺は彼女が担いでいる大きな獲物に目線を投げながらいう。


「あ? 知るかよ。言われてるのは“茶島 シュンを留めておくように”だ。どういう状態で留めておくかは命令にない。手足を落として留めてもオッケーってことだろ」

「それは……どうだろう?」

「は? なんだと?」


 流石に斬られるわけにはいかない。タマモちんはあの大剣を防げるだろうか? 防げたとして、そのまま生き残るところまで行くだろうか?

 なんとか、なんとか口八丁ででも、ここを乗り切るしかない。


 まず、このまま彼女が近寄ってきて斬られたら問答無用でアウトだ。

 次に、彼女によってこの場にとどめられた結果、契約主とか言うのが来て、俺を殺しにかかって来るなら、やっぱりアウトだ。

 なんとかして、彼女を……悪い言い方で言うなら騙して、この場を切り抜けるしかない。


 耳元でタマモちんが言う。


「茶島さん、彼女は非常に攻撃的な性格のようです。無理に刺激せずに、なんとか……えーっと、なんとかするしかないです」

「確認だけど、タマモちん、あの見るからに物騒な剣は防げますか?」

「あれは……おそらく、『使途の弾丸』です。タマモでは防げません」


 『使途の弾丸』!? それって、使徒の専用装備じゃないの?

 悪魔も使えるのに『使途の弾丸』とか……いやそもそも、弾丸なくせに飛び道具でもない時点であれだけど、使徒どころか悪魔が使う時点でそれはもうネーミング付け直ししろよ、もう!


「おいこら! あたしをのけ者にしながら話をするな! ちゃんと聞こえてんだぞ!」


 目の前の女性、おそらくフィラという名前の女性は、俺を指さしながら言う。機嫌は良くなさそうだ。そりゃ、目の前で内緒話をされたらそうだろうが……


「そうでした。骨伝導だと盗み聞きされるんでしたね」


 タマモちんの声が頭の中に直接響き始める。


「では、タマモのプランを伝えます。茶島さんは……このまま“まほろば”に駆け込み、先生の救援を求めることです」


 それは、どういう……?


「大丈夫です。相手が悪魔だろうと、ほんの少しの間なら時間が稼げます。こう見えてタマモは頑丈ですので。自己修復機能もあります!」

「まった、ダメだ。それはダメ」


 つまり、と言われている……それは、その提案は受け入れられない。


「茶島さん、せっかくの脳伝達会話が茶島さんが口を開くとモロバレなんですが!? もう、空気を読んでくださいよ」

「知るか、そんなこと! こんな時にふざけてられるか! 提案は却下だ!」

「却下も何も、タマモは頑丈です。二人で逃げようとしても逃げ切れない可能性の方が高いと考えます。それなら、タマモが一人で足止めします。その方がずっと、茶島さんが生き残れる可能性があると計算します」


 フィラが何かを察したように頬を吊り上げる。


「ははーん、なるほど。そっちの人形があたしの相手をして、その間に茶島 シュンが逃げる。そして、その後で“白磁の少年”を呼んでくる、と……はは、自己犠牲か」


 微笑みながら言った彼女は、突如、怒りの形相で、その肩に担いでいた大剣をアスファルトに叩きつける。

 叩きつけられた大剣は、アスファルトに深々と、まるで溶け込むかのように難なく突き刺さる。アスファルトの硬さなど元々無いかの様に。

 その大剣の柄に足をかけ、踏み込んだ反動で大剣は地面からすんなりと宙に飛び出し、空中で回転しながらフィラの肩に担ぎ直される。

 直後、少し離れたところにあった商業ビルが音を立てて、斜めにズレながら崩れ落ちる。まるで、先ほど悪態をついた時に、斬られたかの様に……


 そして、フィラはその怒りを隠そうともせずに俺を怒鳴りつけた。


「ふざけんな!! そんな、人形ごときが、あたしの相手だと!? 舐めてんじゃねぇ!!」


 あ、この感じ……この子、キレやすいヤンキーだ……


「あたしは、ミーファ三姉妹の次女、フィラ! その獲物である大剣デュランダルは、万物の硬さという概念を切り払う、唯一絶対の刃だ! それを振るうあたしが、何の力もない子供一人の背中を斬る事すらできないと……たかが人形に邪魔されて斬れないと、そう言いたいわけか? ああ?」


 どうする? どうやってこの場を切り抜けるべきか……

 そう考える間もなく、フィラが足早に距離を詰め寄り、眼前まで迫る。


「お前らを斬るのなんざ、いつでもできるんだかんな!」


 これは、万事休す……と思ってた俺の目に、ある物が飛び込んでくる。

 フィラの目の脇に零れそうなほど溜まった……


「あれ? あの……フィラ、さん?」

「ああ!? 名前を呼ぶことを許したわけじゃねぇぞ!」

「いえ、あの……泣いて、ます?」


 フィラは唐突に顔を背け、スーツの袖で目をこする。


「な、な訳ねぇだろバカ!! あれだ、さっきアスファルト片が目に入ってだな!!」

「え? あの、それ逆に大丈夫?」

「大丈夫に決まってんだろうが!! あたしを誰だと思ってんだ! あたしはミーファ三姉妹の次女フィラだぞ!!」

「あ、うん。既に聞きました」

「なにも、なにもな! ちょっとウルっと来ちまったとか、ちょっとモヤモヤするとか、そもそもクソ契約主の命令で斬れないのがちょっと最初っからムズムズしたとか、そういうのが……あっ」


 フィラは、見る見るうちに耳が赤くなっていく。



 ……多分、俺は今、今日一番の憐みの目をしていると思った。


「お、お前ぇ!! な、なんだその顔は! そんな目であたしを見るな!!」



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