考えるより先に、まず逃げましょう?



 ミーファは微笑みを崩さずに言う。


「ええ。何を今更、という感じですが……いや、まさか“白磁の少年”の今の弟子が類感魔術にすら気付かないとは驚きですが」


 類感魔術? 既に攻撃されている? いつ? どこで?

 そんな疑問もさることながら、ミーファのとある言葉が気にかかった。


「待って、誰が、誰の弟子って?」

「あなたですよ、茶島 シュン。あなたが、“白磁の少年”と名乗る使徒の同行者で、彼の弟子であると、我が契約主は見ています。それが、彼があなたを殺したいほど憎んでいる理由だろうと、私は予測します」


 一瞬、俺は何を言えば良いのか、頭の中で何か不快感のような物を感じた。


「いえあの……俺、確かに彼のことは“先生”と呼んでますが、彼に弟子入りしたつもりはないです」

「え? でも、色々教えてもらってるのでは?」

「そら一緒に旅してたら、色々教わるでしょ? 必要事項を」

「じゃあ何で“先生”と呼んでるのです?」

「向うが使徒で名前が無いから、先に先生に同行してたタマモちんが“先生”と呼んでたんで、それに倣っただけです」


 ミーファが、何かを納得しながらも、何やらしでかしたように目線を逸らし始める。


「あの……それで、まさかとは思いますが、思い込みが原因で俺殺されそうなんですか?」

「いえあの……そう、ですね。はい。不確定情報からの思い込みだと思います」

「こっち見て言ってくれません!? せめて!!」


 なんとまぁ……予想した通り、先生の人間関係に巻き込まれた結果、殺されそうになって居る、と……冗談じゃない。


 ミーファが額を抑えながら言う。


「あー、その、確かに。あなたが“白磁の少年”から魔術を習ってないなら、類感魔術なんて基礎も基礎を分からないのは分かります。そう……もしかして、弟子は他に居るのでは……」


 ふと、俺の口から「いや、一応習ってはいるけど俺に魔術の素質がからっきしなので、教科書として渡された本も読んでない」とは、言わない方が良い気がした。二つの意味で。


「茶島さん、茶島さん。聞こえますか? 骨伝導ではあの悪魔に盗み聞きされるようなので、直接脳に音声を転写しています。


 と、ここでタマモちんが俺の耳元で囁いてくる。

 脳に転写って……なんかヤバそうな響きなんだが……


「茶島さん、逃走準備が完了しました。落下の際に受けたタマモのダメージは自己修復でほぼ修復が完了したので、後は手短な場所へタマモが茶島さんを運びます。良ければ、頷いてください。」


 運ぶ? という表現にちょっと気になったが俺は頷いた。



 直後、タマモちんが俺の右腕を高々と上に引っ張り上げる。端から見れば、俺か急に腕を上げたように見えるだろう。

 その上げた右腕から、ローブタマモちん》がスルスルと解けるようにロープ状へと変化し、そのまま川岸にある樹木へと結びついた。


「え? あの、タマモちん? 移動ってまさか」


 と言い終わるより先に、俺の体は宙に放り出されていた。

 ボートから引っ張り出される際に、右足をボートの縁に強打したが、それよりも、川岸に着いた時に何にも補助が無かったので川岸を越えて、その先の道路のアスファルトに背中から放り出されたのが今日一番の痛さだった。


「た、タマモさん……もう少し、ソフトにお願いできなかったんですかね!?」


 背中をさすりながら立ち上がった俺の傍に、シュルシュルと音を立てながらローブタマモちんが戻ってくる。そのままいつものローブの形に戻っていく。

 とはいえ、これでボートからは逃げれたわけだが……。


 俺の傍で、何かが崩れ落ちる音がする。

 振り返れば、町はまだ火の手があちこちで上がっている。黒煙が濛々と立ち上り、辺りに異臭が立ち込めている。

 町の中に戻っても、建物に近づくのは危険だろう。


 タマモちんが言う。


「すみません。やっぱり落下時のダメージがちょっと辛いですね。特に全身鎧モード……火災現場を走り抜けた時の、ニチアサ七時みたいな変身はできないってことです。機密性部分に問題が発生しそうです」

「ああ、あれ」

「そう、あれ」


 ともあれ、今は川から離れたい。俺は川から離れるように、且つ燃えている建物に気を付けるように広い道を選んで進んでいく。

 とりあえず、今は“まほろば”に戻るべきだろう。どこかの扉に“黒い鍵”を新たに差し直すか、一度出入り口に使ったところまで戻るか。どちらにしても、ここから移動する必要はありそうだ。

 遠くで消防のサイレンが響くが、すぐ近くの建物が焼け落ちる音の方が大きい。


「あ! そうだ。タマモちんに聞きたかったんだけど、“類感魔術”ってなに?」

「ちゃんと先生から教えてもらってたはずではないんです? もう、あの人も放任主義過ぎるんですよね……教育者としてのスペックが足りない」


 散々な言いようだけどその通りな気がするので、先生を擁護できない。

 タマモちんはため息交じりに解説してくれる。


「丑の刻参りってあるじゃないですか。藁人形を使って呪うっていう。日出ひずでも昔は民間にも有ったらしいです」


 日出、とはこのファンタジアでの日本のことだ。


「丑の刻参りはまさに類感魔術です。類感魔術は『形が似たような物は影響し合う』という魔術です。今回の場合は、あのミーファと名乗った悪魔の目と、彼女の契約主の目が類感魔術でお互いの視界を共有した、と考えるべきでしょうね。おそらく、有りもしない“未来視”という単語がキーでしょう。

 そうして契約主はあなたを一度見ました。『一度接触したものは離れても影響し合う』というのが感染魔術と言います。今回は、類感魔術によって茶島さんを目撃し、そうして感染魔術に茶島さんをかけたのでしょう。これによって離れた対象を魔術の射程圏内に置いたと考えられます。

 更に、相手に嘘を吐きかける事や殺意を相手に伝えることも魔術の一つで」


「あ、ごめん。もう少し分かりやすく」


 タマモちんが少し黙った。ごめん。


「ともかく、茶島さんは命を狙われてます」

「そこは解ってる」

「にしては危機感なさすぎでは?」

「いやまぁ……なんだろう? 人狼とかとは違う気がして……」

「その根拠は?」

「それは……」


 川からある程度離れたところまで歩いてきた段階で、大きな十字路に差し掛かる。

 流石に東京の十字路(正確には徳京とくきょうの十字路だが)、ともなるとなかなか大きい。辺りを取り囲むビルたちの背も高く、そもそも道路の幅が広い。それだけに、その十字路に何かあればとても目立つ。


 その十字路に差し掛かった時に、俺は言葉に詰まった。なにせ、“十字路のど真ん中に黒髪にスーツの女性が居る”からだ。


 女性が言う。



「命の危機がお前には無いと、面白い意見じゃないか。そこのところ詳しく聞かせてくれよ。茶島 シュン……お前が死ぬ前にさ!」



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