類感魔術って、知ってます?



 火災に呑まれた町に走る、大きな河川。その川に浮かぶ少し大きなサイズのボート。

 そして、ボートの上には、黒髪にスーツの女性と……俺が一人。


「私の契約主は、私の視界を通じてあなたを視ているでしょう。今、あなたを視ているはずです」


 ミーファと名乗ったスーツ姿の女性は、不機嫌そうな顔で俺にそう言った。


「その契約主、というのは?」

「文字通りの意味です。私が契約をさせられている男です。私は彼からの仕事を優先せねばなりません。……彼はあなたを深く憎んでいます」

「その人はどういう人なんです? 一体なんで俺が、命を取られそうになるぐらいに恨まれなきゃならないんですか?」

「それを私の口から告げることはできません。あの性根の悪い男に関しては私も詳しくは知りませんので」


 ミーファは肩をすくませながら言う。


 恨まれるような相手……そもそも、使徒の同行者として時代を行き来している俺個人を名指しで恨むような人物というと……誰だろうか?

 普通に考えるなら……使徒だろうか? あるいは人狼? 人狼は四百年前に居た存在だし、使徒が討伐に勤しんでいるなら既に居なくなってると思う。


 となると……これは、先生関連の人間関係によるものでは……?


「すごく微妙な顔をしてますね、茶島 シュン」

「あ、解ります? でも、あなたもすごく嫌そうな顔してますよ」

「でしょうね……」


 そう返しながら、彼女は大きなため息をついた。


「ともかく、私に命じられた行動は二つ。

 一つ目は『茶島 シュンがこの川に来たなら何でもいいのでボートへ乗せる事』。

 二つ目は『その際に“未来が視える”のだと嘘をつくこと』

 ……まぁ、大方何がしたいのかは想像できますが」

「想像できるんですか……俺にはさっぱり……」


 俺をどうにかボートへ乗せるのは、俺を殺しに来るから、として……“未来視があるかのように嘘をつくこと”も指示であった、と。なんでそんな嘘を言う必要があるのだろうか?


 ミーファはまたボートの縁に腰を掛ける。

 そして、そのまま俺に目線を向けずに言う。


「ともあれ、あなたはこのボートへ乗りました。そして、私は言えと言われた嘘をあなたに吐きました。私の仕事はこれで終わりですとも。さ、逃げるならどうぞ、ご自由に。且つ、お早めに……」

「え? いいんですか?」

「良いも何も……“あなたをボートへ留めるように”とは言われてません。それに……私はあの契約主嫌いなので」


 いいのかそれで。ダメだろそれ。

 とはいえ、逃げて良いというなら……逃げさせてもらうほかにはない。


 と、そんなことを思っていると、耳元でタマモちんが叫ぶ。


「茶島さあああああああん!! 聞こえてますかあああああああ!!」

「うるさっ、耳痛っ…… なに? き、聞こえてるよ……」


 思わず耳を抑えようとしてフード越しに抑えて余計に耳がおかしくなるかと思った。


「良かった。音声出力機能が壊れていたので、自己診断と自己修復を繰り返していたのですが……ともあれ、茶島さん、怪我はしてなさそうですね」

「え? 今むしろ耳を負傷した気がするけど?」

「OK、全快そうで何よりです」

「音声入力機能も壊れてない?」


 ミーファが俺たちのやり取りを見ながら言う。


「ああ、そのローブの子も、ちゃんと生きていらしたのですね」


 直後、タマモちんが小さく耳元で言う。


「茶島さん、彼女が何なのか、解っててこのボートに乗ったんですか?」

「いや、そのまま川に浸かり続けるわけにもいかなかったし……」

「彼女は人間ではありません。人という枠には収まらない存在です。その倫理観も」


 ミーファは静かに、俺を見ている。特に動くそぶりはない。

 川の波の動き合わせて、ボートが上下している。

 タマモちんが言う。


「すぐに、なんとかして距離を開けましょう。彼女は、いえ、彼女と同種がいかに危険か、知らない方が良いんです」


 ミーファは微笑みながら言う。


「あら、大丈夫ですよ。私は特に何かするつもりも無いから。逃げるなら逃げてもらって」

「骨伝導でのこそこそ話に堂々と参加してくる時点で聴覚が人ではないことは解りましたので、もう喋らなくて結構です」


 タマモちんの声は、いつものおちゃらけた感じではなく、とても静かなものだった。

 タマモちんは、ミーファが何なのか知っている? 確かに、怪力の持ち主ではある。それに、彼女の言う“契約主”というのは、確かに引っかかる。

 俺はタマモちんに聞いてみることにした。


「タマモちん、彼女が何なのか、知ってるの?」

「知っている、と、正確には言えませんが、似た存在を知っています。茶島さんは先日、この手の存在と“関わるな”と言われたはずです」


 先日、関わるな、と言われた存在……? 人ではない存在……? それって……


「良いですか、茶島さん。あれは、“悪魔”です。

 聖霊が何らかの理由で、高次元の存在として存在を保てず、人のいる次元に落とし込まれた存在。それが悪魔です。その倫理観も価値観も、人のそれとは違います」


 ミーファは俺たちのやり取りを微笑みながら見ている。


 悪魔、というと……確か、この間先生が追いかけて取り逃したという“燃える様な髪をした褐色の少年”が居たが……ミーファも同じく悪魔だとタマモちんは言った。

 聖霊は、時代を行き来する際に現れる神の伝令というか……“存在が高次の存在すぎるので、普段は姿は見えず声も聞こえないので、何か人型の物に宿って会話する”という奴だったはずだ。

 まぁ、言われてみれば……使徒も神も居るなら、悪魔も居る……もんかもしれない。それにしたって、外見がほぼ人間なのだが……。


「ともかく、悪魔と関わることをタマモは勧めません。一刻も早く、逃げるべきです」

「でも、大丈夫だよ。なんだか、逃がしてくれるらしいし。ミーファが言うには、契約主? とかいう上司みたいなのに辟易してるみたいだし」

「……え? どういうことですか?」


 タマモちんの声色から困惑が伝わる。


「ああ、事情を聴かせてもらったんだ。なんだか、彼女、ミーファは『俺が川に飛び込んで来たら船に引き上げる』と『その際に自分には“未来視”がある、と嘘を言う事』ってのを、契約主から言われてるらしいよ。

 でも、その契約主は、いつでもミーファの視覚から見ることができるらしいから、俺の居場所は伝わってるんじゃないかな」

「それは……それって、ああ、マズイですよ、茶島さん!!」

「え? え? なに? なにが!?」


 タマモちんが俺の耳元でまた騒ぎ始める。



「解らないんですか茶島さん!! 魔術です!! 茶島さんは、既に敵にロックオンされてる状態なんですよ!!」


 ん?


「一刻も早く、ここから逃げますよ!! 初対面で魔術を仕掛けてくる相手なんて、絶対に碌でもない相手です! んですよ!!」



 んん!?



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