出没! 妖怪手長っぽい何か!



「ちゃ、茶島さん、高いです! 怖いです! お、下ろして下さい!」


 俺はシャルジュを肩車し、そのままタマモちんローブを着こんだ。ローブのフードをシャルジュが被り、ローブの腹にあたる部分の隙間から俺は顔を出した。袖はだらりと誰の腕を通すこともなく下がっている状態だ。

 その状態で近くの建物の屋根の上に上り、大通りなどの灯りがある方を眺める。灯り、と言っても、この時代の照明器具はもっぱら松明らしく、日が落ちればだいたいの商店は店じまいをする。

 肩車のまま建物の屋根の上に上っているため、それなりの高さになったこともあり、シャルジュが俺の額に爪を立て始めている。正直痛い。

 俺の耳元でタマモちんが言う。


「大通りにある、ちまちまとした灯りは松明ですね。かしこまった制服来た髭の男性が持ってます。多分、警備とかじゃないですかと、タマモは予想します」


 その声にシャルジュが驚きの声を出した。


「こ、声が……耳元で! 耳の後ろでします! さっきの目にガラスを付けたお姉さんの声です、茶島さん! 何ですか、これ!?」

「あー、大丈夫大丈夫。んーと……そう、異世界から来た不思議な力があるんだよ」

「不思議な力……」

「そうそう」


 目にガラスを付けたお姉さんと言われてタマモちんが少し不満そうな声を出した。


「目にガラス……この時代、眼鏡はまだないんでしたっけ? あと、タマモ、すごく怖がられてませんか?」

「まぁまぁ、今回はタマモちんが頼りなんだからさ。シャルジュのお姉さんを、こんな日が落ちた中で探すのは流石に無理があるからね。そこで頼りにしてます人類支援ユニットタマモちん!」

「頼り……タマモが頼り……」


 徐々に、タマモちんの声が明るくなっていくのが俺には分かった。

 よしよし、もう一押しだ。


「そうそう。頼れる可愛い眼鏡のお姉さん!」

「……では、プリンで手を打ちましょう!」

「え? あ、ああ、後で作れってことね。タルトとプリンと……」

「ショートケーキも所望します! イチゴ!」

「あーはいはい。イチゴのショートケーキね」

「よし! タマモ、やる気になりました!」


 あれ? ヨイショするより、スイーツで釣った方が早かったのでは……?


 などと思っていると、何かに屋根から突き落とされる。いや、正しくは、タマモちんローブが勝手に動き始めている。

 屋根から落ちるも、ローブの誰も腕を通していない袖が大幅に伸びて、その二つの袖を足の様に器用に動かして着地する。

 そして、その二本の腕だか足だか袖だかで歩行する謎の生き物のような……何かわけわからん何某かとして移動し始めた。

 その移動速度はすさまじく、夜風が冷たいなんて感じてられないほどの速さで、無駄にバク転や宙がえりをしながら真っ暗な街中をビュンビュン飛び回る。

 ちなみに、俺は宙釣りの状態で、足が地面についていない。多分、タマモちんが支えてくれているのだろうが……いや、絶叫マシーンじゃないんだからさ!

 こんな感じの、妖怪手長ってのが、居たような気がしないでもない。


「ちょ、た、タマモちん!? 俺、足浮いてる!」

「うぉぉぉおお!! プリンとタルトとケーキのために!!」


 謎の妖怪手長は、街中の障害物を難なく回避し、時に建物の壁を蹴って屋上を飛び越え、時に警備の人の頭上を飛び越えていく。

 シャルジュの叫び声と共に、風を切って謎の怪物が夜の街をかける姿は、正直言って無関係の人たちにはホラー極まりなかったろうな、と心から謝りたい。

 というか、なぜ俺はこんなところでジェッドコースターに乗らねばならんのか。


「見つけました! その女の子と遺伝子情報がそっくりな女性!」

「そ、その人! その人からバレない位置の路地裏で止まって、タマモちん!」


 俺がそういうや否や、妖怪手長は、慣性の法則に逆らうために腕だか足だか袖だか、ああもうとにかくそんなのを使って、石畳を引っ掻き、崩しながら止まった。

 タマモちんの声が耳元でする。


「はい! 目標人物まで六百メートルの位置で停止しました」


 その声と共に、妖怪手長は縮んで、最初の肩車状態に無理にローブを着せた状態に戻る。


「あ、ありがとう……でも、いや……なんでもないです」


 俺はタマモちんへの文句を飲み込んで呼吸を落ち着けてから、シャルジュを下ろしたい旨をタマモちんに伝えた。

 ローブタマモちんは独りでに脱げて、いつもの人型に戻る。

 しゃがんでシャルジュに降りるように言ったが、シャルジュは少し放心状態だったらしく、降りるのに手間取った。


 ふと、路地から見える大通りの灯りを持った警備の傍に居る、ブロンドの髪の女性を見かける。きっとあれが、シャルジュのお姉さんなんだろう。


「あ!」


 シャルジュはお姉さんの姿を見かけるや否や、一目散に走っていった。これでもう安心だろう。

 と思っていたら、途中で何かに気付いたように振り返って、こっちに戻ってくる。


「なに? どうかした?」


 などと俺が言い切るが先か後が先かのタイミングで、シャルジュが俺の足に抱き付いてくる。

 そのまま彼女は言う。


「茶島さん。ありがとうございました。茶島さんの言う通り、お姉ちゃんと会えました」

「わざわざお礼を言いに来たのか? えーっと……」


 タマモちんが俺にそっと近づいて来て、戸惑う俺に言う。


「茶島さん、この時代にもう一度来れるとは限りませんから、ちゃんと、お別れって大事ですよ?」


 そうだった。元々、俺は望んでこの時代に来たわけでも、この時代に残れるわけでもないんだった。


 使徒は各時代に、神からの『ミッション』でやって来る。だが、その時代に用が無くなれば、また次の時代へと移動することになる。俺は使徒ではないが、使徒の同行者も同じくその時代に任意にとどまることも出来ない。

 次の移動が何時になるかはわからないが、それは裏を返せば、いつまでもこの時代に居られないことを意味する。


 俺は腰を下ろして、シャルジュと目線を合わせる。その様子に、シャルジュは何かを察したように、お姉さんと会えた喜びの表情から、徐々に悲しそうな表情になる。


「茶島さん、もしかして、もう会えないんですか?」

「そうだね。そうかもしれない。もしかしたら会えるかもしれないけど……お別れかな」


 シャルジュは俺の肩に手を回し、強く抱きしめてくる。


「ほんの一日しか一緒に居なかったじゃないか。ほら、お姉さんがどこかに行く前に、お姉さんのところへ行かないと……」

「でも、茶島さんに次ぎいつ会えるかわかりませんから……」


 彼女の背中をあやす様に軽く叩いて、考えながら言う。

 こういう時はなんて言えば良いのやら。


「大丈夫。また、いつか会えるからさ。それに、今別れても今日の思い出は無くならないだろ?」


 彼女はそっと、名残惜しそうに離れた。


「また、会えますよね? 茶島さんに」

「……もちろん。また……いつかね」


 会えるとは限らないけれど……でも、会えるかもしれないと思っておくことは、悪いことじゃないはずだ。



 シャルジュは小さく手を振って、俺が手を振るのを確認してから、路地から大通りのお姉さんのところへと向かっていく。

 彼女はお姉さんに泣きながら抱きしめられた後、傍に居た警備と一緒にどこかへと去っていった。


 俺はその様子を見守ってから、その場を後にした。



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