キャベツを乗せて



「見つけたわ。見つけたけど……気絶してるわね」


 ニックさんにより、豚の餌入れから先生が引っ張り出される。

 身長二メートルオーバーの筋肉だるまが、残飯まみれで白目をむいている少年の左足を掴んで、逆さ吊りの形で持ち上げている。


 俺たちは町の中のどこかに居るであろう先生を探し、すっかり日が沈んだ街の路地を彷徨うように探し回った。

 ニックさんは「この町に詳しい」と言っていたが、それは数百年前のことだったらしく、案の定役に立たなかったが、対してラング・ド・シャがある程度の土地勘を働かせてくれたようで、先生を見つけるのには……正直そこまで苦労はしなかった。

 なにせ、豚小屋の隅で、豚の餌入れに人間が半身突っ込みながら動かなかったら、そりゃ目立つ。


 ラング・ド・シャに背負われながら、俺はその様子を見ている状態だ。ついでに小屋の住人である豚も迷惑そうに見ている。


「気絶って……使徒って気絶するんです? 死ぬような傷からも復活するのに」


 俺の素朴な疑問を聞いてか聞かずか、ニックさんが先生を豚小屋の床に落とす。

 鈍い音と共に、真っ白な髪と真っ白な肌をして、ついでに今は白目をむいている少年が落とされる。残飯まみれで。


「やっぱり起きないわね」

「ちょ、ニックさん、いくら何でも扱いひどすぎでは!?」


 とかいう俺の言葉を無視するように、ニックさんが先生の上体を起こしてビンタする。……人狼を千切っては投げ出来る腕力から放たれるビンタとか……

 ビンタと共にニックさんが呼び掛ける。


「教授。起きなさい」

「“教授”? ニックさんは先生のことを教授と呼んでるんです?」

「ええ、私と彼が出会った時は、彼は大学で教鞭を……あら、ようやくお目覚めね」


 と、ビンタが功を奏したのか、先生がうめきながら目を覚ました。


「う……あ? ……なんで筋肉女が居るんだ?」

「おはよう、教授」

「少し寝かせろ。今、頭がぼーっと、するから……」

「あら、かわいいお弟子さんが傷だらけだけど? 放っておいて寝るの?」


 その一言に先生が飛び起きた。

 が、現状がまだちゃんと理解できてない様で……


「あ……? えーっと? 待て、弟子って……あ、ああ、そうか。ああ、うん。そうだったな……茶島くんだな。うん……」


 なんだ? なにか、違和感が……

 先生は頭を振って立ち上がる。


「いやはや、すまない。ちょっと失敗をしてしまったようだ」


 そして、じっとニックさんを睨むように見た後、微笑みながらも、目は笑わずに言う。


「状況から考えるに、ニックと……あちらの使徒の方が助けてくれた、ということかな?」


 ニックさんも微笑みながら答える。やはりその目は笑っていない。


「ええそうよ。私に恩を感じても良いんじゃないかしら? 教授」

「ほう……? 言うじゃないか」


 え? 何この空気。

 ラング・ド・シャが俺に聞いてくる。


「しょ、少年。もしや、御両人は仲が悪いのか?」

「いや、俺は今日ニックさんと出会ったばっかりだし、詳しいことは……」


 直後、ニックさんが噴き出した。


「あーもう、そんな頭の上にキャベツの欠片を乗せながら凄まれても無理よ、教授」

「いや、ここはもう少し冗談に付き合ってくれてもいいじゃないか」


 一転して二人は朗らかに笑いあう。


「え? あの、ニックさんと先生は仲が悪かったのでは?」


 先生はわざとらしく微笑んで言う。頭の上にキャベツ乗せながら。


「いやいや。ニックは僕の先輩にあたる人さ。……まあ、過去にはいろいろあったが、数少ない信用のおける人物の一人だとも」

「あら、そんな評価を受けてるとは知らなかったわ」

「もちろん。言ってないからね」


 そして笑いあう二人……


「あの、ところで先生。タマモちんは?」

「え?」


 見れば、先生はタマモちんローブを着ていない。

 と、さっきまで笑いあっていた先生の顔に、どんどん焦りの色が広がっていく。


「そうだ!! タマモちんを置いて来てたんだった!!」

「置いてきた? ってどこにですか!?」

「近くの建物の屋根に引っかかってると思う。というか、引っ掛けて置いたんだが……」

「またなんでそんなことに……というか、何があったんです?」


 先生は豚小屋から飛び出して俺たちに催促した。


「と、ともかく、彼女の機嫌を損ねると色々なことに支障が出るから、早く回収しに行こう!」


 そう言って先生は飛び出して行ったしまった。

 なんだか……誤魔化されたんじゃないだろうか?










 かくて、タマモちんを迎えに行ったのだが……


「なるほど。それでタマモは雨どいに引っ掛けられて放置されること九時間五十二分四十秒を過ごすことになったのですね」


 想像に難しくなく、とても怒っていた。

 どうにも、雨どいに引っ掛けられたままずーっと、そのまま放置されていたらしい。


「暇すぎてタマモは寝ました。そして起きても迎えに来ないことを嘆きながら夕日を眺めてもう一度寝ました」


 先生を正座させ、タマモちんは先生の前に仁王立ちして説教をしている。

 なぜかその隣に座って自らも進んで説教を受けているのがニックさんで、その隣に引っ張り込まれるように座らされて足がしびれて寝転んでいるのがラング・ド・シャだ。


 かく言う俺は、そこから少し離れたベンチでシャルジュと共に座っている。

 シャルジュは疲れたのだろう、俺の膝に頭を乗せて眠ってしまっている。

 人狼に追われていた時と違い、その唇には血の気が戻り、頬も奇麗な薔薇色をしている。


 夜の帳が下りた町は静かで、タマモちんの説教と虫の鳴く声、そして遠くの波の音だけが聞こえている。


「あれ……? 茶島さん?」


 何の拍子か、シャルジュが目を覚ましたようで、目を擦りながら起き上がる。


「目が覚めた? いい加減、君のお姉さんを見つけないと……」

「あ、そうだ。お姉ちゃん、どこに居るんだろう?」

「向うもきっと探してるだろうからね」


 とはいえ、この町には交番とか有るんだろうか? ラング・ド・シャに聞けばわかるかもしれないが……


「でも、お姉ちゃんは来ないし、見つからないし……もう会えないのかも」


 淡々と彼女は言った。


「そんなことないさ。きっと、探してる方向が違っただけじゃないかな?」

「そう……なんでしょうか……」


 きっと彼女のことを、彼女の家族も探しているに違いない。

 最初はそもそも、彼女のお姉さんを見つけるために、一緒に街を歩き回ったのだから、いい加減に見つけないと……


 寂しそうにうつむく彼女を見て、俺は疲れてあちこちが痛む体で今一度立ち上がった。

 そして、いまだに説教を続けるタマモちんに俺は言う。



「タマモちん! 高性能な人類支援ユニットさんにお願いがあるんだけど良い?」



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