当作品は、味方キャラがチート無双する作品です。



「少年、お前は火を焚き、煙を起こした……“それだけ”だ。“それだけにしか”なって居ない。にもかかわらず、その自信に満ちた表情は一体なんだ? 自分が助かる確信があるのか!? それはなんだ!? どこから来る自信だ!! 何の意味が有って火を起こした!?」


 怪物がいら立ったように、唾を飛ばしながら言った。俺はそれに、わざともったいぶって答える。後は時間稼ぎさえできればいい。


「さあ? 倉庫に燃え移ればより目的に近づくかもしれないし、港を封鎖している幕が燃えればそれは願っても無い。その両方かもしれないし、そうではないかもしれない」

「そんなことはどうでも良い!! そんなことは!!」


 怪物は、ゲッシュは俺を睨みつけながら怒鳴る。


「オレが見たいのは、そんな勝ち誇った顔じゃない!! それじゃまるで……まるでお前は“自分の命を諦めてでも、少女を助けられると確信している”ようじゃないか!! そんな顔をするな!! 自分の命に執着しろ!!」


 俺は倉庫の影に隠したシャルジュが少し気になった。でも、ここでその様子を確認するわけにはいかない。隠した意味が無い。


 それにしても、この狼煙は他力本願な上に半ば賭けだというのに、それでも怪物にとって、自分の優位性が揺らぐのはそんなにも嫌なのか。

 いや、そもそも……


「一つ確認をしたいんだが、いつから俺が生きるのを諦めてると思ってるんだ? 俺は、生き残るために今こうしてここに居る」

「何を言ってるんだ? 自己犠牲の精神じゃないだと? 何を言い出すんだ? 誰かを生かすために誰かを殺すのが、人類のセオリーじゃないか!! 二者択一こそ真理だ! だからこそ、自分が生きる為に誰かを殺すのがんだろうが!!」


 ゲッシュの体から、木の根のような、あるいは枝のようなものが、彼の色あせた臙脂のコートを突き破って四方八方へ伸び始める。

 そしてそれらは、枯れ枝が折れるような音と共に俺の眼前へと迫る。




 突如、港中に大きな音が響いた。それは爆発音にも似た、落雷のような音だった。




 まるで空を割ろうとしているかのように、天幕の向こうの闇夜から音がする。二度、三度と音がする。ゲッシュも俺も、その音の発生源である天幕に目を奪われて見上げた。

 そして、港の真ん中、俺たちが居る港の出入り口から少し離れたところに天幕を破って何かが落ちてくる……それは……


 鋼で釘を打つような甲高い打撃音と主に、それは降り立った。

 降り立ったそれはまさに……。……え? あ、うん。


 見事な上腕二頭筋、広い僧帽筋、奇麗な広背筋に引き締まった腹斜筋。豊かな胸筋を備えつつもそこにある見事なおっぱい。ブロンドの長く美しい髪に整った女性的な目鼻立ちとアンバランスな、六つに割れた腹直筋。……なんで俺こんなに筋肉の名前を並べてたてているのか。自分でもわからない。

 降り立った彼女の手元には、タオルか雑巾の様に萎んで伸びた、あの六本脚の人狼が居た。というか、スポーツの後の白タオルが如く持たれていた。



 うーん、やっぱりこの人が来ると、普通とかシリアスとかが吹っ飛ぶなぁ……



「ようやく見つけたわ、坊や。ずいぶん傷だらけになってしまっているようだけど……でも、もう大丈夫よ」


 彼女は、ニックさんは、俺に柔らかな笑みを浮かべてそう言った。

 その一言で、俺の中の緊張の糸が緩み始めるのを感じる。死ぬかもしれなかった状況は、危機はもう去ったのだと、安心してしまう。

 脳内に、真っ白な髪に真っ白な肌、緋色の美しい容姿の少年が思い浮かぶ。ああ、ようやく、安心できる。


「ニックさん、無事だったんですね。というか……そのボロ雑巾みたいになってるのは……」

「ああ、これ?」


 ニックさんは、すっかりタオルの様に萎んだ人狼を、文字通りタオルの様に首にかける。あれ、骨入ってるんだろうか?


「数千回殺さないと死なないと言ってたから、数千回殺しておいたのよ」

「うん。俺、もうニックさんが何を言っても驚かない気がしてきました。却って冷静になってきます」


 彼女はしっかりとした足取りで俺たちに近づいてくる。

 ゲッシュは俺から目を離し、ニックさんに向き直って言う。


「これはこれは……あんた、“使徒”だな?」


 ニックさんの足が止まる。


「あら、使徒について知ってるのね。そう言うあなた達は“人狼”、ね……」

「如何にも、そうですとも。高名な、神の“奴隷”様……」


 そう言って、わざとらしくゲッシュはお辞儀をして見せる。


 というか……もしかして……。

 俺はニックさんに聞かずに居られなかった。


「あの、ニックさん……もしかして、あなた、使徒なんですか?」

「ええ。あれ? 知らなかったの?」

「知りませんでしたよ……いやもう、知ってたら……ああもう……」


 シャルジュを担いで、ニックさんの心配をしながら駆け回った時間を……そのやるせなさを……ああ、もう……あ……めまいが……


「なにやら大変そうね、坊や」

「ほんと、あんたら使徒って関わると、どっと疲れさせられるなあ、もう!!」

「ええっ……わ、私はてっきり知ってる物だと……ご、ごめんなさい、ね?」

「なんで疑問形!? というか、“弾丸”は? 『使途の弾丸』を何で使わないんですか!?」

「え、いや、その、事情があって……わ、私は悪くないもん……」


 唐突俺たちの会話を切るように、ニックさんがその場から飛びのき、何か、“目に見えない何か”を避けながらこちらに、ゲッシュへ向かって駆け寄ってくる。


「不思議な能力ね。糸か何か……目に見えない物を使ってるのかしら?」


 ゲッシュが指揮する手に合わせて、港にある周りの物……木箱や樽、荷台、俺が火をつけた物までもがニックさん目掛けて飛んでいく。

 だがそれは何一つ彼女にぶつかることは無く、目に見えないはずの何かを掻い潜りながら彼女が迫る。

 その光景にゲッシュがうめく。


「無茶苦茶だな、あんた! だが、オレは負け戦じゃ起たないんでね。悪役らしい手を使おうじゃないか!」


 ニックさんがゲッシュまで数メートルのところまで迫る中、ふと、俺は寒気のような物を首筋に感じた。

 何か、首元がくすぐったいような違和感に包まれ、俺は自分の首元へ手を伸ばそうとした、次の瞬間。

 ニックさんが強く踏み込み、手に持って居たボロ雑巾状態の人狼を振りかぶる。彼女の筋肉が唸り、人狼であったモノが宙を飛ぶ。それは空を切り、しかしゲッシュには当たらず、ゲッシュと俺との間の空間に投げ込まれた。

 何にも当たらなかったように見えたその剛速球だが、その直後に、何かに腕を引っ張られるようにゲッシュが転ぶ。


「やっぱり糸を伸ばしていたわね。なんとなくわかるのよ。あなたが操る糸の場所……今、坊やの首に糸を巻き付けようとしてたわね?」


 つまり、今ニックさんが投げたボロ雑巾人狼は、最初からゲッシュが伸ばしていた糸を狙って投げた物だった、ということらしい。目に見えないほど細い糸の位置を、この人は“なんとなく”わかる、と……

 ゲッシュが悪態をついて立ち上がる。


「くそっ、使徒というのは聞いてた以上に厄介な……なんとなく? なんとなくだと!? どういう原理だ!! お前は一体何者なんだ!?」


 ニックさんは、それに胸を張って真顔で力強く答える。


「鍛えていれば筋肉で解る! 何者かと問われればこう答えるわ、哲学者よ!!」



 本当に……“普通”がどこかに失踪してるんだが……




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