不死なんてチートだと思います



 ジョーダムは、怪物は即座に先生に飛び掛かった。

 振り下ろされた右腕は、当たれば彼を余裕で吹き飛ばすことができるであろうことは、その外見の凶悪さからしても見て取れる。

 もっとも、それは当たっていればということ。


 その様子を少し離れた場所で見ていた俺のすぐわきを、真っ黒な何かが床の上を跳ね飛ばされていく。

 振り返れば、そこには切り飛ばされた怪物の右腕が転がっている。



 今の一瞬、先生は振り下ろされた腕を屈んで躱し、即座に押し上げるようにその腕を切り上げたように、俺にはそう見えた。

 体格差や筋力の差があるはずだが、それをものともしないのは、ローブタマモちんのおかげか、あるいは空気に溶けるように姿を消した光背の力か。おそらく、両方だろうと俺は思う。



 怪物の泣き叫ぶ声が車内に響いた。


「な、なぜだ! 私の腕が! 斬られた腕が、戻らないだと!? まさか、本当に……不死殺しなのか!! 本当に!!」


 怪物は斬られた右腕を抑えながら大きく後退る。

 先ほど自身の頭を拳銃で吹き飛ばした時とは違い、右腕が元に戻る気配はない。


 狼狽する怪物へ、剣についた血を払いながら先生は言う。


「君は話を聞かないタイプかね?

 この剣は『使途の弾丸』と言われる物の一つで、使徒の魂の一部から作られた、オーダーメイドの武器という奴さ。“弾丸”とは名ばかりで、実際飛び道具ではない。

 本来、高次元の存在が使う武器だが、それを無理に使うばかりに少々のリスクはあるがね。だが、これは存在そのものを殺害するための武器……正真正銘の不死殺し専用の得物さ」

「馬鹿な! ありえない!! ありえて堪るか!! 殺してやる!!」

「そうだねぇ、不死とかありえないよね。うんうん。わかるよ」


 ジョーダムの姿が見る見るうちに縮んで、元の人の姿に戻る。

 そして、即座に床に転がりながら、自分で撃ち殺した他のハイジャック犯たちが持って居たライフルを拾い上げ、先生に向けて即座に発砲した。


「はん! 不死殺しだと!? 知った事か! 剣相手なら銃で撃ち殺せばいい!! チビが剣など振るっても射程の差でこちらが有利だ!! ざまあみろ!!」


 ジョーダムは自身の勝利を確信してその言葉を口にした。

 だが、勝ち誇ったジョーダムの顔は、即座に恐怖の色に戻る。


 なぜなら、自身の左肩に、先ほどまで目の前の少年が持って居た剣が既に刺さっているからだ。

 更に、自身が放った銃弾は少年の眼前に現れた金色の膜により受け止められている。空しく金属音をたてながら、銃弾は床に落ちた。


「やはり話を聞かないタイプか、君は。言っただろう? 使徒は不死身だ。銃で死ぬはずがないのだと。とはいえ、痛いのは嫌だから防がせてもらったがね」


 剣は独りでに、いや、とても細くした『ヘルマプロディトス神代錬金術ヶ最奥魔術改変』によって、ジョーダムの左肩を抉りながら引き抜かれる。


「あと、射程がどうとか言ってたけど、剣を投げちゃいけないなんてことは無いよね。手足の短さを知ってれば、相応の戦い方は考えてあるとも」


 呻くジョーダムを前に、先生の手元に剣が戻る。血を払いながら、彼がジョーダムへと歩を詰めていく。


「さて、もう品切れかい? まぁ、確かにこの時代では魔術は存在しないはずだから、分からないでもないけども……まさか、本当に君、ただの不完全な不死性だけなの? それだけかい?」


 ジョーダムの姿が今一度怪物に変わっていく。


「ふ、ふざけるな! 数百、いや数千の命を喰らってきたんだぞ! こんなところで死んで堪るものか!! あと、数千は死ねるはずなのだ!! お前さえ居なければ!!」


 怪物が踏みだすより早く、先生が宙を蹴って怪物の股下に入り込み、そのまま背中を切り上げる。怪物が振り返るころには、怪物の頭上の空宙を蹴って、また怪物の背後に回り込む。今度は左足を切り飛ばした。

 バランスを失って仰向けに倒れ込んだ怪物の体を、無数の金色の杭がどこからともなく現れて貫き、床に張り付けにする。その眼前には、空中を踏みつけて手を振り上げる少年と、その手の先にある不死殺しの剣。

 彼は手を振り下ろしながら言う。


「おすわり」


 そして、その手が振り下ろされると同時に、剣は怪物の腹に大きな穴を穿った。


 よく目を凝らせば、あちこちに金色の糸……糸の形にした『ヘルマプロディトス神代錬金術ヶ最奥魔術改変』が張り巡らされていることが解る。

 これを足場にすることで、空中を足場にするという、通常では考えられない動きをして居るのだから、普通は追えるはずがない。トリッキーなんてものじゃない。


「なんだ、なにが、どうなって……俺は、死ぬ……? いやだ、死にたくない……おのれ、バケモノめ……この! バケモノめ!!」

「ははっ、今更だね」


 怪物は血と恨み言を吐いて動かなくなった。

 これが、俺の旅の同行者……使徒という存在。




「も、もう、終わりました?」


 俺のその問いかけに、先生は軽く答える。


「うん。もう流石に動かないと思うよ」


 俺はそっと先生と、床に張り付けになって動かない怪物の傍に寄る。

 脚で小突いてみても、怪物はもはや動く気配がない。


「しかしまぁ、先生の戦闘スタイル、色々と常識の範囲外ですよね。まぁ……魔術だもんなぁ」

「まあね。体格差とかで押し負けるであろう時でも、『ヘルマプロディトス神代錬金術ヶ最奥魔術改変』で体を支えておけば対応できるし。実際便利だよ」


 と、ここでふと浮かんだ疑問を俺は聞いてみた。


「あ、ところで、相手が銃とか撃ってくる前に、そのヘルマなんとかで殴ればよかったんでは? 舐めプ?」

「ああ、それなんだがね。ちょっと『ヘルマプロディトス神代錬金術ヶ最奥魔術改変』の大部分を他の用途に現在進行形で使用中なんだ」

「他の用途?」


 ん? 待てよ。


「って待って、それじゃあ、もっとできたのに、本当に舐めプだったんですか?」

「え! いや、そういうわけではないよ、流石に」


 俺が怪訝な表情で見ているせいで、先生が焦り始めている。

 交渉に挑むときに散々に笑われたんだから……ちょっとだけ、やり返してもいいだろうか……いいよね?


「ははーん、まさか手を抜いてたとは……うわー、見損ないますわー」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! これでも結構全力で……」

「へー、一応、ですかぁ。ほー、手を抜いて、全力ですかぁ。はぁー、やっすい全力っすな」

「う……」


 これぐらいのは大目に見て欲しいもんだ。

 そこにローブタマモちんの声が割って入る。


「先生、目標のポイントまであと三十秒です。準備を」

「準備? 何のです? 何をするつもりなんですか、先生?」


 が、先生は答えない。

 目の前には、不貞腐れて口を真一文字に結んだ少年が居る。俺を一睨みし、脇を通り抜けて行く。


「あ、あれ? 先生?」


 彼は近くの座席に座り込み、腕と脚を組んでそっぽを向いた。

 そこに再度、ローブタマモちんが喋る。


「ポイントに尽きましたよ、先生。!」


 ポイント? この場所が何か……

 俺は窓に近寄り、外を眺める。



 そこは大きな渓谷だった。遥か下には大きな川が流れており、それが地平線の果ての海まで流れているのが解る。その川を挟む、青々とした木々で生い茂る山々を一本の橋が繋いでいる。

 この電車は、渓谷にかかる橋の上を、今走っている。


 突然、車内が大きく揺れ、俺は床に倒れた。

 何かにぶつかっているような、金属で金属を削るような、背筋の寒くなる音共に、車体が何度も大きく揺れ、立ち上がることができない。


「せ、先生! なにか、何、何かがおきてます!!」



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