× ハイジャック 〇 食事




 唐突に銃声が響き、空気が張り詰める。



 視れば、ジョーダムの持つ拳銃の銃口から硝煙の煙が上がっている。

 ジョーダムが撃ったのは、彼の仲間、いや、彼の傍に居た男だった。彼はその男を真顔で撃ち殺していた。


「お前たちは我々と交渉するつもりがあるのか? いやそもそも……我々は、交渉する気はないのだがね」


 ジョーダムはその銃口を、また別のハイジャック犯に向ける。が、銃口を向けられたハイジャック犯は逃げようとしない。

 正気を失っているハイジャック犯たちは、撃たれそうになると何事か呟きながら、祈りながら、ジョーダムによって殺されていく。


 そんな狂気の光景が、俺の目の前で行われ、俺の頭から交渉の二文字が消える。


「おい待て、待てよ! 何してるんだよ! やめろ!」


 俺の必死の声も空しく、また一人、頭に赤い花を咲かせて倒れる。



 先生が俺に言う。


「どうやら、周りの連中も死を厭わないように刷り込まれているらしいね。そこに加えて正気を失わされているが故、誰も逃げない。いや、誰も逃げれない」

「でも、なんで……なんで仲間を撃ち殺したりなんか……?」




 ジョーダムの顔が不気味な笑みを浮かべる。


「そもそも、この汽車はもう停車不可能だ。ブレーキも壊してある。この列車に乗っている者は全員……死ぬ」


 車両の揺れる音が、この場の静寂を許さない。

 床を赤い液体が、慣性の法則に従って俺の足元まで流れてくる。

 俺は胸糞の悪さを感じながら言う。


「端から自爆目的ってことか? 最低だな……」


俺のこの言葉に、ジョーダムは笑い出した。


「自爆? ああ、そうだったな。……良いものを見せよう」



 そう言って、ジョーダムは拳銃の銃身を咥えこみ、引き金を引いた。乾いた音と共に、肉片が飛び散り、拳銃が床に転がる。


 だが、ジョーダムは立っていた。


 そして、一歩、また一歩と歩き、走行している間にその吹き飛んだはずの頭部が元の形に、肉が膨らみ形成され、治っていく。

 血を吐き捨てながら、そいつは言った。


「不死というものを知っているかね? 私は、なのだよ! 私は列車事故程度では死なない。

 その昔、私のような存在はと呼ばれていた。人種での人犬ではなく、人を超越した別の存在としてな!!」


 ジョーダムの肉体は三倍ほどに膨れ上がっていく。

 真っ黒な剛毛に包まれ、腕は長くなってその先に鋭い爪が生える。口は人犬のそれより長く、また鋭い牙が乱雑に生え始める。


「まあ、乗客やこいつらは……死ぬと思うがな!」


 目の前で異形の怪物に変身するリーダーを見ても、周りのハイジャック犯は何も反応しない。

 ジョーダムは他のハイジャック犯の頭を、その異形の腕で掴み、握りつぶした。

 更に他の男たちも次々と、変異したジョーダムの爪に引き裂かれ、貫かれ、次々に無残な状態に変わり果てていく。


「冥途の土産に知るが良い。そもそも、この列車のハイジャックとて、私の寿命を延ばすために事故を起こすに過ぎない!

 安心すると良いぞ。ちゃんと……苦しめてからとどめを刺してやる」


 さっき、ジョーダムはこう言った。「近くで死んだ人物の数だけ不死身になる」と。つまり、周りに居たあの連中は、ジョーダムにとって仲間じゃなく……“食料”だったということらしい。



「お前……最初からそのつもりで……! 自分の利益の為だけに他人を殺すのか!」


 ジョーダムは、唸るような声で、人ならざる者の声で応える。


「何を言うか! 彼らに居場所を与え、目的を与え、最後は私の命として使われる意義を持たせた! 私の利益に成れて、彼らも感謝しているだろうさ!! なにより、寄り添うべき教義を、んだからな!!

 いいや、見ていただろう? あいつらは、喜んで私に殺されていたじゃないか! もっとも、そういう風に私が教育したけどなぁ! 実に愉快な光景だっただろう?」


 ジョーダムはそういって笑い声をあげる。

 俺は、目の前の人の姿でもない、人の心も無い存在に、強い怒りを覚えた。

 こんなものは、人じゃない。怪物だ! ふざけた怪物だ!!




 思わず踏み出しそうになる俺と怪物の間に、その人は割り込んだ。


「おっと、うちの生徒の教育上よく無さそうなことは、そこまでにしてもらおうか」


 夜を溶かしたような真っ黒なローブに、日の光のような真っ白な髪をして、煌めく金色の光背を背負ったその人は、鈴を転がすような声で俺に言う。


「強い怒りを覚えているようだね…… 僕は“アレ”は、斬ってしまおうと思うが、どうするかね?」


 確かめるように、その人は振り返りながら俺を見る。

 緋色の、宝石のような眼で俺に聞いた。


「俺は……俺には何のかかわりもない人たちだったけれど……それでも」



 勝手に強く握り込んでいた拳が、痛みを覚える。



「お願いします、先生。アレを、斬ってください!」



 その人は、怪物に向き直り、俺に応える。


「よろしい! その意思を僕は尊ぶ!!」




 ジョーダムは、目の前にいる少年のように見える“その存在”が、自分にひるまないことに驚いているようだった。


「なんだ? チビの方が来るのか? 分かっているのか? お前の前に居るのは不死だぞ!」


 先生はわざとらしくため息をついた。


「え? なんだって? 不死? 不死ねぇ……君、歳はいくつかね?」

「歳だと? 既にこの身は四百を超えて……」

「あ、うん。もういいや」


 ジョーダムは知らない。己が如何に怪物らしい怪物であろうとも、自分より遥かに強大な怪物を越えた存在が居ることを。

 今、目の前に居るのが、そうだということを。



「“使徒”という存在を知っているかね? あ、その様子だと知らなさそうだね。仕方がない。特別に教えようじゃないか」


 先生の指が空間を撫でながら何かを呟くと、そこに、直視できないほど強い光が現れる。そして、その光の中から、彼は剣を引き抜いた。

 その剣は、真っ赤に染まった柄をしており、刃は向うが透けて見えるほどに薄い幅広の剣だ。鍔の細工なども細かく美しく、見紛うことなき芸術品だと感じる。


「“使徒”とは、大罪を犯したが故に歴史から消され、同時に神の糞野郎の小間使いとして永久に働かされることになった者のことだ。

 僕は、かれこれ使徒を二千年ほど続けている。……こき使われているよ」


 剣の刃に、赤い雫が伝う。見れば、柄を握る手から出血し、その鮮血が刃を伝っているのが解る。


「そして、時に使徒には、他の使徒を罰し、殺せというミッションが出ることがある。

 つまり、使徒はミッションで、使のだよ」


 真っ白な少年が、真っ黒なローブを纏って、金色の光背を背負って、赤く色づいた剣を持つ。


「さて……僕が何を言わんとしているか、理解できるかね?」


 ジョーダムは状況をようやく理解し始めたようで、後ずさりし始める。

 自身よりはるかに小さなその存在に恐怖を……死の恐怖を感じながら。



「では、確か君はこう言っていたね……

 『安心したまえ。ちゃんと、苦しめてとどめを刺そうじゃないか』」



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