嘘、主人公のフラグ建築力、高過ぎっ!




「さて、どうしても説得を試みたい、という、茶島くんの為に、二つ……

 『その条件を満たしたら交渉は諦めてね』という条件を言っておこう」


 先生は、俺より先行して車両の通路を進んでいく。


 道中、「止まれ!」とか「止まらないと撃つぞ!」とか「なんだ貴様!」とか、そんな声がかけられたが、その直後に先生の『ヘルマプロディトス神代錬金術ヶ最奥魔術改変』が殴り倒していく。

 何も知らない人からすると、銃を構えている男が唐突に倒れるとか、金色の小さなピンポン玉サイズの物が独りでに殴りかかってるとか、正直訳が分からない光景だと思う。



「まず一つ。“彼らが正気では無い場合”。話が通じないんじゃ交渉の余地はないよね」

「話が通じないって、どういう状態です?」


 先生は少し考えながら口を開く。

 その裏で片手間に適当にハイジャック犯を殴り倒しながらである。


「例えば……“薬や毒によって、正常な判断力を失っている状態”。末端の兵士なら、雑念に囚われて引き金を引くのが遅れては役に立たないから、そういう風に仕立て上げてしまう場合はよくあることだよ」


 俺は先生の後に続いて、気絶して床に転がるハイジャック犯を見ながら歩く。この人らはそんな気配はない。なにせ、わざわざ警告してから銃を構えてたのだから。


「なるほど。警告してる暇が有ったら撃て、と」

「まあ、警告があればこっちもすぐに反応できるからね。この手の相手なら遅れは取らないさ」


 自信満々にそういう先生を前に、タマモちんが俺の耳元で声を潜めながら言った。


「とか言いつつ、先生、“先ほど撃たれてました”よね……遅れ取ってました。タマモもクランケチーズタルトの脇から見てました」


 おい、その時見てたのかよ。あの時めっちゃ焦ってたのに。


 そんな言葉を一旦脇に置いて、俺も小声で答える。


「うん。見事にヘッドショット決められてたよね、あれは。警告なしだったから、とか言いそうだから黙っておこう。絶対こじれるしねる」


 先生が「何か言った?」と聞きながら、新たにまた警告してきたハイジャック犯を適当に倒している。




「そして、二つ目の条件は、“彼らの傍に、彼らを洗脳や教育した役割の者が居る”場合だ」


 これはなんとなくわかる気がする。


「それって、交渉しててもその洗脳教育役が脇から交渉を邪魔するのが見えてるからってことですよね」

「そういうことさ」

「んー……」



 そうこう言ってる間に、俺たちは先頭車両まで来ていた。

 この先は車両が一つと、操縦席……機関車だけ。つまり、この先で最後だ。


「それじゃ、交渉がうまくいくように……茶島くんは丸腰になってもらうのが良いと思うね」

「え? 俺、端から何も持ってないですよ!?」

「いや、ローブタマモちんを脱いでおくべきってことさ。ゆったりした着衣は、内側に何かを隠しやすいからね」


 タマモちんローブは独りでに脱げて、先生に自分から着られていく。裾や丈も合わせて短くなっていく。

 ローブタマモちんと何か話しながら、先生はその襟首を整える。



「さて、あと聞きたいことはあるかね、茶島くん」


 俺は疑問を先生にぶつけてみることにした。


「教育係が居たら諦めろってのは分かります。でも、そういう奴って、もっと裏に居るもんなんじゃないんです? 実行犯には居なさそうじゃないです?」


 先生は笑いながら答える。


「そりゃそうさ。普通は末端の兵士に仕立て上げた人物を送り込むだけだろう。だから、言ってしまえば二つ目の条件は、“”、って条件さ」

「……でも、わざわざ言うってことは……」

「もし踏んだら即座に諦めてね、ってことさ」







 俺たちは先頭車両をそっと覗き見る。

 先頭車両には何人かの男が居るのが解る。人間や人描、人兎など、人種はいくつか居るようだが……


「げ……条件一つ目、踏んでるんじゃないです? これ」


 よく見ると、その男どものほとんどが、小刻みに震えていたり何かを呟いていたり、目の焦点があからさまに合わなかったりする。


「そういうことだね。でも、交渉、するんだろ?」


 つまり、薬物などで正気を失っている状態、ということらしい。

 しかし、全員がそうではないことは、ここに来るまでの道中で解っている事だ。


「もちろん。無駄に被害が出なければそれが最善だと思いますし」


 俺たちは、両手を上げて手のひらを見せ、敵意が無いことを示しながら、先頭車両に入って行く。問答無用で撃ってこないだけ、まだ大丈夫、なのだろうか?

 俺は代表者に出てくるように、男たちの誰とはなしに呼びかける。


 すると、男たちの中で一人が名乗り出る。小太りで斜視の、いけ好かない感じの雰囲気をした男だ。

 その男は、俺にこう言った。


「私は、世界開放組織、ネオ・プロメテウスのである、ジョーダム・コションと言う者だ。交渉をしたいと言っていたな? 私がこちらの交渉役だ。政府の関係者ではないな? まあいい、交渉という話だが……」



 ん?



 俺は思わず自分の耳を疑い、そしてその人物の言葉を遮って聞く。


「ちょ、ちょっと待って! あ、あの……

 このグループのリーダーとかじゃなく、“組織の”リーダー?」

「ん? そうだ。私がネオ・プロメテウスを率いている者だが?」

「そ、それって……教育係とかも兼ねてたり?」

「それはそうだ。私が思想、理念を教える立場にある」


 呆然とする俺の後ろで、先生が噴き出すのが聞こえた。


「ちょっと! 先生、今吹いたでしょ!」

「いや、だって……だって、む、無理……フラグ回収が、早いよ。茶島くん」

「普通はこんなところに組織のトップとか居ると思わないじゃないですか! というか、笑わらないでくださいよ!」

「す、すごいよ、茶島くん。もう、なんか、なんか持ってるね、君は」


 そういって笑い声を抑えられなくなっていく先生を脇目に、俺は交渉のセリフを必死にひねり出そうとする。


「と、ともかく」


 先生が必死に笑い声を抑えているのが解る。


「ここに来るまでに居た他のあなた達の仲間は、既に昏倒させてあります。命までは奪ってません」


 小さく抑え込んだ笑い声が、電車の揺れる音に混じって俺の耳をくすぐってくる。


「そ、組織のリーダーさんがここに居たなら、かえって話は早いです!」


 ツボに入ったらしく、もはや背後からこらえきれなくなった笑い声が通り抜ける。

 ちょっと釣られてこっちまで口角が上がりそうになる。


「今、なら、その、ま、まだ……」


 もはやジョーダムも困り顔である。


「まだ……」


 駄目だ、気になってしょうがない!



「ちょっと! 先生! 笑うのマジでやめて!!」

「む、無理ぃ。す、すま、ない。だって、『きっと起きない』って話してたのにさ。見事にフラグ、回収……」


 呆れ始める俺に対し、先生が纏うローブタマモちんが言う。


「むしろそのまま交渉を始めようとした茶島さんが、更にツボにハマったんだと、タマモは思います」

「冷静な分析しなくていい! 恥ずかしいでしょ!!」

「安心してください、茶島さん!」

「な、なに?」


「タマモは、笑ってません。笑う際はミュートにできるので!」

「それもう思いっきり笑った後だよね!」




 ほんとなんで……なんでこう、緊張感ないの、この人ら!




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