チーズタルト曰く「俺、この手術が成功したら結婚するんだ」
「繰り返す。諸君らは、ここで命尽きるものと考えて欲しい」
正直、勘弁してほしい。
異世界転移と言えば、転移した人が無双をするのが常だが、俺の場合はそうじゃない。
喧嘩は基本的にできないタイプだし、異世界に来たけど魔術的な才能はまったくないらしいし、スキルも「言語の翻訳」ぐらいである。
え? なに? 各国の言葉に言い直して罵詈雑言でも言えば何とかなるのか? ならない。現実は非常である。
先生が車窓から頭を引っ込め、俺に言う。
「茶島くん、僕のトランクを。荒事は避けられそうにない」
俺は荷物棚から、大きく重いトランクを引きずり下ろし、座席の上に卸す。座席のバネに合わせてトランクが音を立てて跳ねた。細く白い指がトランクのダイヤル錠を回していく。
先生がトランクに手をかけ、タマモちんが床に広がる
「我々は、虚偽と欺瞞に満ちた世界を暴くために存在する。それを邪魔する者は、武力をもって排除する。不審な動きをする者も同じだ。我々の判断で、キミたちの生殺与奪を行う」
えーっと、つまり?
「客席を立つ者、キャビンから出るもの、その他我々が撃ちたいと思った者は、撃ち殺す」
無茶苦茶だ……
焦る俺を脇に、先生が触っていたトランクが開いた。
その中には金色の液体が入った小瓶がぎっしりと入っており、そのうちの一つを先生は手に取ってトランクを閉める。
「どうやら、電車のハイジャックらしい。ネオ・プロメテウス教団……はて? 聞いたことあるような、ないような?」
そう言いながら、先生は個室のドアを開けて廊下に出る。
「え、ちょ、先生! 放送聞いてました? 『客席を立ったりキャビンを出たり、気に食わなかったら撃つ』って言ってましたよ!?」
先生はいたずらっ子のような笑みで微笑む。
造形の整った真っ白な、仄かに赤みのさした頬が吊り上がり、長いまつ毛の生えた目が細くなる。
「茶島くん、君こそ聞いていたのかね?」
声変わり前の少年の、さながら色があるなら透明のような声で、白磁器で出来たような少年は言う。
「『気に食わなければ撃つ』、ということは、何もしなくても殺されかねないということだよ」
「そ、れ……は……まぁ、そうですけど……」
幼い外見と幼い声色に反して、大人びた雰囲気の少年は、俺に向かって言う。
「というわけで、電車ジャックを退治しに行く。ついてくるかね? その方が安全だと思うが……」
こういう場合、拒否権は無い。
むしろ、先生の言うとおりだ。付いて行った方が安全だろう。
「そういうわけで、タマモちんを“着て”、付いてきたまえ。授業を始、め……? タマモちん?」
呼びかけられた少女は今、床に頬を付けて必死に、床の上に散った
先生が廊下から、客室の床に頬とたわわを引っ付けて格闘するタマモちんに言う。
「いやあの、タマモちん? おーい? なにしてんの?」
「待ってください……もう少しで……このチーズタルトが、救出、できる、かも!」
「待って、状況を考えて、ねぇ」
「床から五ミリほどで切り離せば、まだ食べれる、かも!」
「チーズタルトは僕も好物だけど、今やんなきゃだめ?」
「かも!」
「かも! じゃないでしょ! 聞きなさい、タマモちん!」
「もぉー!!」
なんだろう、この危機感の無さ。命の危機のはずなんだけどなぁ。
次の瞬間、乾いた破裂音と共に、先生の側頭部に赤い花が咲き、彼は倒れる。
先生の持って居た黄金の入った小瓶が床の上で割れる音がする。
「わあああああああああああ!! 先生が撃たれた!! 奇麗にヘッドショット決められてる!!」
俺は唐突に起きた事態に、なおも床に張り付いてタルトと格闘している少女を揺するが、肘で跳ねのけられた。この事態は、マズイ。すごく。
「あ? なんだ? 白髪だから爺かと思ったら、子供か?」
直後、知らない男の声がし、足音が近づいてくる。
「た、タマモちん、タマモちん、まずい、まずいよ! 先生が頭撃たれたんだよ!」
「もっ!」
駄目だこの子。
「それどころじゃないんだよ!」
タマモちんは尚もチーズタルトを床から切り離すことに躍起になっている。
客室の外には、髭面の人間の男が、ライフル銃を持って立って居た。
「なんだ?
ライフルを持った男はそのまま客室の中に入ってくる。
俺は咄嗟に言葉を、選ばずに口にする。
「お、落ち着いてください」
その言葉に髭面の男が反応する。
「あ? 落ち着いてだと? 知るかよ。お前、放送は聞いてたろ?」
ああ、どうしよう……
髭面の男がライフルを構え、その銃口が俺の眉間に向けられる。
タマモちんは、入って来た男を無視して、いまだにタルト救出オペを続けている。この状況は、とてもまずい。
先も言った通り、俺にはチート能力は無い。
「落ち着いて! 落ち着きましょう! まず、話し合い、話し合いを」
「知るかってんだ! 気に入らなければ撃つって、前もって言ってあんだろうが! 放送でよう! 客室から出る奴も同じく撃つってな!
さてはおまえ、舐めてるな? オレが撃たねぇと思って舐めてんな! 撃ち殺すぞ!!」
男が一歩踏み込み、タマモちんの患者を踏み潰した。彼女の声にならない悲鳴を聞く。
男の指が引き金を引き絞っていく。
「ああ、だ、だめです……駄目ですって……! 殺しちゃだめです!」
「知るかボケ! 殺したいから殺す!!」
俺は必死に制止した。
「待って! 殺しちゃだめです!! 先生!!」
「せんせい?」
男の背後で、己の血で赤く色づいた少年はゆっくりと、そしてはっきりと男を睨みつけながら、且つ、強い殺意を放ちながら立ち上がった。
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