「励めよ、罪人。君、死に給う事を祈る」
ライフルを持った男が、先生の方へと振り向くよりも早く、突如、“小さな金色の球体”が男の側頭部を殴る。
鈍い音と共に、男が千鳥足でよろめいたところに、今度は“巨大な黄金の張り手”が空中に現れ、男を壁に叩きつけた。
大きな音に隣の客室から悲鳴が上がる。……あとでお隣さんに謝りに行こう。
「こ、これ、死んでませんか? 先生」
壁に寄りかかりながら、泡を吹いて伸びている男を見ながら俺は言った。
この小さな球体や巨大な手に形を変える黄金の、まるで液体金属なような物を操り操作するのが、先生の戦闘スタイルだ。
確か……『ヘルマなんとか』という名前が付いていたような、そんなだった気がする。
長い上にややこしいので、俺は『ヘルマなんとか』と呼んでいる。本来は……『
先生本人曰く、徒手空拳も出来るとか。ちびっこ体形のくせに。
「何言ってんの! 僕は! さっき! 撃たれて“死んでた”からね!」
「いや、不死者にとっての死と一般人の死を同列に扱わないでくださいよ!」
自身の血をシャツの袖で拭いながら、先生は客室に戻ってくる。
先生が近づいたことに反応するように、男を押し付けていた金色の手がどろりと溶け、先生の背後に一つの大きな円を描いて浮かび上がる。それこそ、光背のように。
透き通るような真っ白な肌に少し幼い整った顔立ち、背後には金色の光背、と実に絵になるこの姿ではある。
先生は気絶している男を足先で小突きながら、言う。
「事実上の不死であっても痛覚はあるからね。ムカついた!」
「何子供みたいなこと言ってんですか……」
「外見だけなら子供ですぅー!」
そう言ってわざとらしく頬を膨らませて怒って見せている先生だが……もちろん、この人は子供ではない。
「うわー……実年齢不詳の“爺さん”がそういうことしてると思うとドン引きします」
「ま、待ってくれ、やめて。真顔でそういうの言わないでくれたまえ。ちゃんと精神年齢に沿った言動をとるから……冗談だって」
その年、推定二千歳オーバー。少なくとも、今の体になる前は“八十歳の老人”であったという。
その昔、『神代錬金術』と『魔術』を極め、悪魔を召喚した罪で神様の小間使い……“使徒”にされた、とのことである。
先ほどの宙に浮いて自在に形を変える黄金を操るのが、『神代錬金術』と『魔術』の合わせ技らしい。
錬金術って、こう、床石から槍作ったり、掛け声と共に武器取り出したりするもんだと、てっきりそう思ってたのは、きっと俺だけじゃないと言いたい。
俺が先生と出会った頃、先生が話してくれたのを俺は思い出していた。
悪魔を召喚した以外にも、いくつかの罪を同時に神から訴えられたらしく、その際に上げられた罪への罰として、彼を少年の姿に変えたという。
先生は俺に、神はこんな風に言っていたと、彼は不機嫌そうに語ってくれた。
「じゃ、君、今日から“使徒”ね。拍手して喜んでも良いよ! あれ? お爺ちゃんノリ悪い? でもまぁ、今はもう可愛いショタっ子だからね! 超アンチエイジングじゃよ、博士もびっくり!
あ、ちなみに、その外見はどっちかっていうとぉ、神様の趣味でーっす! きゃー、恥っずかしー。喜んでも良いんだぞ! ね!
この素晴らしさ、造形美、神様じゃなきゃ見逃しちゃうね! 褒めても良いよ! もう称えちゃえよ~YOU~ んー、まさにグーッド! いわば、ゴーッド!! 神対応!! 神、だけ、にぃー!!」
すごくアレな性格な気がするが……神様はこんな性格だ。
ところが、唐突に一転、厳粛に神は言ったという。
「でも、君は大罪人だ。悪魔を召喚し、契約し、ましてや自由にするなんて……決して、許されることじゃない」
そして、神は、容赦なく罪人に罰を与える。殺すよりもっと酷い罰を与える。
「故に名前を剥奪する。君が自分の名前を名乗ることを禁じ、そして、君は永久に生きるという罰を与える。隣人も友人も家族も、君を置いて死んでいく。人類最初の殺人の罪を犯した者が、永遠に野に放たれたようにね……」
そのようにして、神は彼を、先生を使徒に任じたという。
彼の名前を奪って。とても、長い長い命を与えて。
「永久に生きて、“心が死んでもなお、死ねなくなるその前に”……“肉体的に死ぬ”には罪を償わなければならない。君は歴史上の色んな所、様々な時代に空間を越えて行って、『神の意思』として……ミッションをこなしてもらう。故に、使徒。……報酬は、熟した分だけ
先生は……使徒は、死ぬために神の与える任務をこなす。いつか……終わるために。
「励めよ、罪人。……“君、死に給う事を祈る”……神様には、それしかできない」
そんな感じだったと、俺に彼が話してくれたのは、俺が彼の旅に同行するようになってすぐの事だった。
なんともシリアスで、冗談めいていて……一見、褒美にも見える残酷な刑だと思った。
「あれ? 茶島くん? またも白昼夢か考え事かね?」
「え? あ……ちょっと考え事してました」
過去から戻って来た先生に、俺は咄嗟に適当なことを口にした。
「いや、先生のことなので、顔面への攻撃とかは怒るだろうな、と……怒り心頭で手が付けられなくなったらやばいな、と」
いやまぁ、そう思ってたのは事実なんだけど。
目の前にいる年齢の鯖読み二千七十歳ほどの爺さんは、そのことを悪びれる様子もない。
「でもだよ? 好き好んでこの外見になったわけではないけども、一応はこの外見に自信があるんだよ、僕は。それを脇から撃たれたら、ほら、そこは拗ねたくもなるじゃないか」
「いいから、年齢相応にしとけ。お爺ちゃん」
「んー、そろそろ加減してほしいなぁ。ほら……心は不死じゃないから」
そういえば……
「あ、ところで、さっきから、タマモちんが黙ってるけど……」
俺はタマモちんを見た。
そこには、
「た、タマモちーん!!」
「チーズタルトが何をしたというのですか……こんな……彼だって必死に生きたかったでしょうに」
そう言いながら、床に溶けるようにだらけ続ける彼女を、俺は必死に励まそうとする。
眼鏡が床に当たって斜めにズレている。
「え? あ、うん……でも、潰れなかったら食べるだけだし……食べる時点で生きられないんじゃ? というか、生きてないし」
だが、意に反して、俺の口からは咄嗟に正論が出た。
タマモちんは飛び起きて言う。
「茶島さんには分からないのですか! 言語翻訳スキルが付いていながら! チーズタルトの声が!」
「分からないよ!? 流石に無生物の声は聞こえないし食べ物の声とか聴きたくねぇ!」
「チーズタルトにだって、きっと結婚相手が居たんです! 『俺、この戦場から帰ったら結婚するんだ』とか言ってたに違いありません!」
「わー……奇麗なフラグだなー」
思わず棒読み口調で返答してしまった。いかん。そうではないのだ。
先生が申し訳なさそうにしながら口を挟む。
「あー、良いかね? 流石に、一人昏倒させているわけだし、そろそろハイジャック犯の増援が来ると思うんだが……」
俺と先生はタマモちんを見つめる。
タマモちんは今一度、膝から崩れ落ちる。彼女の眼鏡の奥には涙ぐんだ目が見える。
「タマモの数少ないお小遣いで買った……せっかくの、みんなでのお茶請けが……」
あ、これ、思ったより傷深いな? 流石にちょっと可哀そうになってきた。
流石に彼女がこの場所から動かないのも困る。何とか……したくない気がするけどなんとかしないと。
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