「どう? 気に入った?」男にそう聞く翠はとても嬉しそうな顔をしていた。

 その顔は先ほどまでベットの中でずっと男のために演技をしていた翠の表情ではなかった。少なくとも男にはベットの外に出た翠が自分の機嫌をとるために笑っているようには見えなかった。翠は本当に純粋な好意として男に名前をつけようとしてくれているのだと思った。

 まるで、その年頃の少女が自分と同い年の友達にするように。当たり前のことを当たり前のように。自然な動作で。自然な言葉で。先月死んでしまった緋という名前の友達にそれをしようとしているみたいに。男にそれをしようとしているのだと思った。

「そうだね。気に入った」男は言う。

「よし! 決まりだね! お客さんは今日から緋さん!」嬉しそうな声で翠が言った。

 翠はとても無邪気な表情で笑いながら、名前が決まったことを本当に喜ぶようにして緋の手を引っ張ってベットの上ではしゃいだ。それから翠は緋の顔を見た。

「緋さん」翠は緋という名前を確認するように、嬉しそうな声で緋の名前を呼んだ。

「なんだい?」緋が言う。

「ふふ。なんでもない」そう言うと翠は子犬が戯れるように緋の体にくっついて甘えた。翠は本当に嬉しそうだった。

 こうして名前のない男は翠という少女から失った古い名前の代わりに緋という新しい名前を名付けてもらって、今日からこの辺境にある小さな街の中では緋と呼ばれる存在になった。

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