緋は吸っていたタバコを灰皿でもみ消すと、腰を上げて自分のバックを手に取った。自分の服装と荷物を確認して、それから壁にかかっている時計を見て時刻を確認した。そろそろ出発しなければいけない時間だった。忘れ物もない。

 緋はそのすべてを確認し終わったあとで、後ろを振り返ってベットに座っている翠を見た。緋の顔は真剣だった。翠の顔には笑顔がなかった。

 契約は履行された。二人の別れの時間が迫っていた。

「緋さん。もう行っちゃうの?」翠はとても寂しそうな顔で緋に聞いた。

「うん。写真の女性を見つけなくちゃいけないからね」緋は答える。

「当てはあるの?」翠が聞く。

「ないよ。でもこの街にいることまではつきとめた。苦労してね。ここは小さな街だ。しかも世界の最果てにある街だ。周囲にも、世界のどこにも、逃げ道はない。だからこの辺りを聞き込みでもしながら適当に歩いていれば、いつかどこかで彼女と出くわすさ。ついさっき、そこで翠と偶然に出会ったみたいにね」

「でも、外は雪が降っているよ?」

「知っているよ。でももう慣れた。雪は世界のあらゆるところで降っている。僕は雪の中を旅してこの街までやってきた。雪の中を歩くことくらいなんてことない。雪が降っていても、降っていなくても、そのどちらでも彼女を探すのに支障はないよ」

 緋がそう答えると、翠はなにも言わないで下を向いた。

 そのしょんぼりとした姿はまるで年相応の無垢で無知な十代の子供そのものだった。雨の日にダンボール箱に入れられて捨てられてしまった子犬みたいだった。さっきまでベットの上で腰を上下に激しく動かしていたときのような大人びた妖艶な顔と体をした翠の姿はそこにはまったく見えなかった。翠は緋が思っていた以上に子供だった。それはまるで魔法が解けたようだった。

 緋は翠の変化に驚いた。そして翠を三万円で買ったことを少しだけ後悔した。翠はやはりどこか無理をしているのだと思った。

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