悩んでいる時間がもったいない。とりあえず動いちゃいたい! という単純思考なので、ちょっと考えて、「うん、いけるかも?」とか思ったらすぐに動いちゃいます……(*ノωノ)
そして今、書き始めた新作でうんうん唸っているという(;´∀`)
視界の利かない暗闇の中、ずぶずぶと沈んでいく泥の中を手探りで歩いているかのような。
でも、ところどころに薄ぼんやりと明かりが見えるので、とりあえずそこを目指してみるか! みたいな感じで書いています(*´▽`*)
無から有を生み出すのは難しいけれど、あるものを手直しするなら、まだ楽だろう、と。とりあえず、毎日少しでも。後で書き直してもいいやくらいの軽い気持ちで(≧▽≦)
悩むもよし、動いてみるもよし、インプットをしてみるもよし。
どんな経験でも、いつかキロール様の血肉になるのではないでしょうか?(*´▽`*)
作者からの返信
その感覚は分かります。
普段はそうなんですが、今回は大分はまり込んでしまいました。
今書いている作品を連載として書いた順からアップしていったために、泥沼にはまったようです。
この展開で書いていたのに、いきなりこっちになったら読んでいる方が混乱するのじゃないかとか色々と。
だから一度完済させてから、アップしようと思いました。
でも、手直しってのも結構大変ですよ。
ライネの手直し、最序盤でで手こずってますから。
離脱率を如何に減らすかを考えて話の展開を持って行きたいんですけれど。
ともあれ、何とか動き出せました。
この経験が血肉になる様にやって見ます。
コメントありがとうございました。
悩んでる時が花かもしれません、いちばん安全で傷つかない状態のような気がするからです。
本当に苦しいのは、突破口が見つかって、惑いなくなった時、それが書けるのか、いざ気合いが入っても、私はイメージしたものを表現するための力が足りなくて、苦節を味わい、技量のなさに悔しい思いをしてきました。
ひとつひとつの疑問、問題はつながっているようですが、順序立ってはいなくて、一度に抱えるたら許容量を軽く超えてしまいます。
つながってるけど一個の問いがそんなに単純じゃないからです。
手元にあるキャッチコピーの本(ひーさんの常備バイブル)から引用してみようかな。
「一晩で100本コピーを書く方法」
>100本のコピーを書く作業は、けっして特別な能力がなければできないことではありません。じつはそれなりにテクニカルな取り組み方があるのです。
コピーを書くときには、なにか書く対象となるモノがあるはずですが、それはただひとつだけで世の中にポコっと存在しているわけではありませんよね。いろいろな人やほかのモノとの関係をもっているはずです。
ものすごく単純に言えば、その関係をひとつずつ、原稿用紙に書いていくといい。そうすれば、たくさんの本数のコピーを書くことができます。
すごい埋めてしまった。具体例までは書けないですが、お聞きしていてキロールさんの抱えている疑問がいろんな要素を含む「モノ」であるというイメージを持ちました。
ひとつの問いに100個くらいの回答をすれば、他の問題もいつの間にか答えが出そうなそんな気がします。
ので、苦しんだり行き詰まったり心配したりしなくて、大丈夫だと思います。
たった一個、とことん付き合ってみるというのも手です。
悩んで、何をどう書くか、自分にしか書けないものは何か、夢をイメージしてる時がいちばん楽しいと思います。
書くことは一人で、なかなか思う夢とは平行しないものです。
書きながら原動力になるものを、書くことで見つけていく必要があるため、私はなぜ書くのか、自分にしか書けないものは何かについて、ていっとシンプルな答えを放ってしまっています。
(探して答えが出ても話うまくならないから、考えるのやめた口です)
私の答えは「かきたいから」「今かいてるもの」
※今かいてるものを、自分にしか書けないものにしているところ
いつか好きな役者が努力した褒美は自分の中にある、と役者を目指す生徒たちに答えていたのを聞いてから、その言葉をずっと考えてきました。
カクヨムにはぐちをこぼせば、拾ってくれる方々がいて、文句も言わず私のプロフを読んでる方がいて、見えない所でいっぱい支えられています。書いたものの褒美だと思えば甘えが出るから、そんなものはなくて、あるとしたら、自分の中に見つかるように書いていくしかない、と思ってます。
だから、いつも何か新しい書き方とかクライマックスに向けてのシフトチェンジとか、課して挑戦してるのかもしれません。(自分で自分の足をひっぱってるともいう)
私は特定のファンということがないのですが、好みの幅がせまく、好きなものはこれというのがはっきりしてます。ですが、自分が書き上げたものは、なんであれが好きでこうなるんだ、というのが率直な感想です。
まったく違うわけではないんですが、日竜くんを通して吐き出すと、こんなものに変換されます、としか言えず、自分というフィルターを通すことについても、その重要さ貴重さ特徴を気にしてきました。人が何を根拠にどう解釈するのか、演技論なんかが好きなのはそのへんが影響してます。役者は脳で理解もしますが、最終的には感覚でそれを行うと思うので、その無意識の部分が気になります。
私の場合、キャラクターの行動選択や結末の選択、途中のギャグ、はしばしに拭えない自分臭を感じますが、たいていは空気のようににじみ出てて、作者特有の選択やセンスを指すのかなぁ、と思っております。
ひとつひとつ積み重ねて、自分なりの王道が作れたら武器になるだろうなぁ、というイメージです。
なんともあいまいなのは、意識して打ち出すほどの魅力を感じていないからです。ただそれは自分にとっては居心地がよく、話のなかに流れていると、安心するものです。
だから、他の人にも伝えられそうなんですが、ここ難しいところなんですね。
自分で気持ちよく演じたものは独りよがりになって、観客を置いきぼりにします。
酔っ払いのカラオケみたいに。たしかな技量があり、人に伝えることでせいいっぱいなものは人を動かします。
そう思うと自分の魅力って本当につかみにくくて、へたにいじれなくて、結局、目の前の場面を書くことだけに集中しよう、とすることでしか自分らしさが出せてない、私です。
どこかに隠れているわけではなく、キロールさんにしか気づけないご自身の武器は、目の前にあからさまにあるのではないかなという気がします。
長くなってしまったので、このあたりで。
作者からの返信
悩んでいる時が花との言葉は、胸に刺さりますね。
その先の苦難と言うと大げさかもしれませんが、苦しみが容易に想像できるからでしょうね。
問題点は、そうでしょうね。
順序だっている物ですらなく、単純でもない問題に行き当たり、自分の中で何が何だか分からなくなったからこその、現状なのです。
ただ、確かに一度に抱えるにはキャパオーバーである事は間違いなく、その言葉を受けて冷静に考えてみると、いっぺんに解消しようとし過ぎて居たかも知れないとは思い至りました。
しかし、100のコピーではなく、100の回答ですか。
同時に悩まず一つ一つ、確実に問題点を洗い出して、回答を考えると言うのは思いつきませんでした。
その手法を試してみたいと思います。
100個も回答出せるほど、自分の中で深い問いかけなのかも測れますしね。
書き方や自分にしかないイメージを考えるのは確かに楽しいですが、私の場合はそれが形になる事も楽しいですね。
書く事で何処か夢とは違ってきますけれど、時折自分の頭の中の想像を超えた様な展開が勝手に出てくることが稀にありましたから。
その瞬間を求めて書き続けてこれたんだと思います。
そして、それがあると最後まで書ける場合が多いです。完結まで書けなくても数十万字は続けられました。
ただ、この感覚が自分の勘違いである事も十分あり得ます。
そんな物が無い方が実は客観的には良い小説かも知れません。
そう思えてしまう事で、私の中の価値観がブレて、今の現状を招いているのかもとは思うんですがねぇ。如何にも……。
やっぱり、酔っ払いのカラオケみたいにはなりたくないですから、そうなっているのではないかと言う恐れが、返って自信を奪っていきます。
これは場数を踏むしかどうしようもない気がしますが。
書きながら原動力となる物を見つけていくとの言葉には、賛同しかないです。
そして、何故書くのか、何が自分にしか書けないのかについて考えながら思い至ったのは、経験も浅いくせに随分と頭でっかちな事を考えているなと言う感想でした。
書きたいから書くでも一向にかまわない筈だし、自分にしか書けないものを見つけたいなら書くしかないのではないかと思うのです。
一日前の自分の考えにそんな風に思えたのは、深く考えた結果なのか、開き直っただけなのか。
ただ、悩んだまま動かずにいるよりはマシな気がしています。
結局、一人でうだうだ悩んでも答えは出ないばかりか、負のスパイラルに囚われそうなので、取り敢えずは書いてみようと思います。
カクヨムにアップする事があるのかどうかは不明ですが、出来が良ければアップするかもしれません。
色々とご助言頂きありがとうございます。
悩みを書くより作品を書くべきだったかなと今では思っております。
私は昨年カクヨムに来るまで、公募の人だったんですね。一年に一度、つばさ文庫の公募に出していました。
なので、作品は完成作品です。
案ずるより産むがやすしではありませんが、どこぞのお偉い作家様が、まず完成させろと言っておりました。
作品を完成させるのは凄い労力が必要です。けど、完成した時の喜びも大きいと思います。
一つの作品にずっと没頭して、それが完成するまでその物語しか考えない。そんな生活をしていると、途中でその物語に追随したアイデアが降ってきたりします。
私はプロットも作らずに、フワッとした状態で書き出します。酷い時は、登場人物の名前さえその時その時に決めています。でも、書きあがります。テーマも入ります。
人にお勧めできないやり方ではありますが、こんな書き方もあるんです。
けど実は、完成してからの労力のがキツイんですよねぇ。推敲で。
可能であれば、執筆時間の倍は欲しい。
作者からの返信
つばさ文庫に公募されているのは存じておりますが、公募ですとやはり作品は完成されている訳ですよね・
結局のところ、この悩みは完成していない物をアップして、右往左往している事に起因するように思えます。
うだうだ言わず書いて完成させるのが最重要なのですが、悩むと動けなくなってしまう癖があり、こんななっております。
一つの作品に没頭していると、アイデアが降ってくるのは分かる気がします。
今年になって一つの作品の完結まで平日に必ず更新すると言う書き方で書いた時はそんな感じでした。
書き方はそれぞれあると思いますし、私もプロットはふんわりとした物しか書けないです。
一度真面目にプロットを書いてどちらが良いのか検討してみようとかは思っております。
推敲は、耳に痛い話です。
でも、書き上げるのと同じかそれ以上に大事な作業ですよね。
完結してからも、作業は続く事を忘れちゃいけないですね。
コメント、ありがとうございました。