彼女のひみつ

 賢明なる紳士淑女の諸君、ごきげんよう。


 さて諸君、あたしのことを覚えているかな?


 そう、あたしはミステリーの申し子、名取なとりみなとさんだ。

 え、自分に「さん」付けとかキモいって?

 そんな小さいこと、気にしない気にしない。


 さて今宵のミステリーは、その存在感がまさにミステリーな彼女、レイについて語ろうか。


 本名は綾な……ではなく、内藤ないとうれい

 趣味は読書という、典型的なクーデレ眼鏡……と言いたいところだが、残念ながらデレ要素は全くないし、眼鏡でもない。


 それとこれは余談だが、彼女は普段からブレザーでいることが多い。

 理由は「本を内ポケに入れられるから」だそうだ。


 そんな彼女には、ある秘密があった。

 それは――


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「ねえ、キミ国文の内藤さんでしょ? 何度か教室で見かけたことがあったから、覚えているかな。オレ、鳴門なると玲於那れおな。同じ国文科の二年だよ」


 昼休みの学食でのことだった。

 いつものように『餃子定食ひき肉抜き』などという学食のおばちゃん泣かせな特別メニューを注文し、独り黙々と箸をつけているレイのところに、如何にもチャラいロン毛にーちゃんが軽薄な声をかけてきた。


 まぁウチの大学じゃあ、たまに見かける光景だろう。

 そして、次のパターンもよくありがちなものだ。


「…………それで?」

「ここで出会ったのも何かの縁だし、どうよ、オレと付き合ってみない? ほら、名前も似てるしさぁ」

「そう、良かったわね……」


 それだけ言うと、彼女の視線は再び『餃子のひき肉抜き』に戻る。

 その様子をみて、彼は一瞬ムスッとした表情を浮かべるが、すぐ俄か笑顔に戻って食い下がる。


「ツレナイなぁ。せっかく同じ学科なんだしさぁ、仲良くしようよ~」

「…………」


 しかし、気持ち良いくらいに無反応である。


「ねーねー、午後空いてる? せっかくだから、メアド交換しない? それともチョクでケー番いっちゃう?」

「…………」


 ことごとく無視である。


 流石にこれで諦めるだろうと思われたが、しかしこのロン毛のチャラ男はしつこいタイプのようだ。


「あのさ~、せっかくオトモダチになろうって言ってんのに、シカトはないんじゃない?」


 どう考えても自分勝手な理由を述べるチャラ男君。

 それを如何にも正当性のあるような言い回しでのたまうが、残念ながらただの悪質なキャッチセールスの理論にしか思えない。


 何より、そんな軽い脅し文句に動じる彼女ではない。


「…………」


 彼女は無言のまま懐から文庫本を取り出すと、黙々と読み始める。

「ウザい、キモい、とっとと失せろ!」という合図だ。

 もっとも、空気が読める相手でないと、あまり効果が期待出来ないが。案の定、


「ちょっと何、急に本なんか開いちゃって? ねぇ何読んでるのか、オレにも教えてよ?」


 相手の意図も理解しないまま、しつこく食いつくチャラ男君。

 だが、彼がのは、そんなことなどではなかった。


「おい、いい加減にしろよ。人が下手に出て何度も話しかけてやってんのに、シカトしやがって!」


 一体、いつ下手に出たんだろ?

 色々とツッコミ所満載なヤツである。

 もう、どこから見ても明らかな逆ギレなのだが、無論KYな彼が気付くはずもない。


 いや、彼は気付くべきだった。


 この時すでにということに。

 彼女の視界から、彼の存在が消えているということに……


「聞いてんのかよ、ちょっとカワイイからってお高く止まってんじゃ……」


 そう言いかけて、彼がレイの肩に掴みかかろうとした刹那――


 ばちんっ!


 ――という電気がショートでもしたような破裂音が響き、彼の手を弾いた。

 彼女の体から僅か数センチ離れた


「え、何……今の。静電気?」


 その正体が解らぬ彼には「ちょっぴり早いそういう体質の人」にしか思えなかっただろう。


 だが諸君、これこそがレイの特殊能力『絶対領域エデンスフィールド』なのだ。


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 説明しよう。

 剣橋つるぎばし大ミステリーサークル二年、内藤麗は超能力者である。


 彼女は謎の組織『メイドロン(仮)』に襲われ、重傷を負ったとか負わなかったとか。

 だがその時、不思議な事が起こった。

 彼女の中に眠っていた、ある自閉的能力が目覚めたのだ。

 そして彼女は孤独の王女『サイコレイタン』となり、メイドロン(仮)との熾烈な戦いの幕が開けた――


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「――という設定だったら良いなあ」

「ただの願望ですか……」

 あたしのそばで、これまで沈黙を守っていたエマちゃんが呆れたように口を開いた。

「まあ、ちょっとしたお茶目さんだよ。冗談はこれくらいにして、さて――」


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 ――改めて、説明するとしよう。


 彼女は一度本を読みだすと謎の空間を自分の周りに発生させることが出来るという、一見便利なようでいて実は虚しいだけの能力を持った可哀想な子である。


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 そうとは知らず、チャラ男君はなおも食い下がり、

「この、なんとか言え……」

 今度は両手で掴みかかる。が、やはり『何だかよく解らん謎の力』で弾かれそうになる。

 しかし、チャラ男は踏ん張った。

えない壁』をぶち破ろうと必死にもがき――


 次の瞬間、


 あとには、すっかり冷めきった『餃子のひき肉抜き』と、何事もなかったかのように独り黙々と文庫本を読み続けるレイの姿。

 間もなくして、午後を告げるベルの音がいつもの通りキャンパスに響き渡った。


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 その頃、あたしは研究室へ向かう道すがら、奇妙な物を発見した。

 それは、柵に囲まれたコートの中で真っ逆さまにという、なんともシュールな光景だった。



 それが、剣橋大学ミステリーファイル#2『チャラ男ダンク事件』と呼ばれる怪奇ミステリーの真相である。




 おわり

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