ミステリーサークルへようこそ……

※ブログ版のタイトルは『ようこそ! ミステリーサークルへ……』(2009/8/5(水) 午前 0:23 Yahooブログ投稿)でしたが、こっちの方がしっくり来るので変えました。


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 私立剣橋つるぎばし大学。

 ここには、ちょっと変わったサークルがある。


 その名も、ミステリーサークル――


 あ、もちろん、畑とかで発見されるような不可思議なアレではない。

 そのサークルは、あたしのようなミステリーをこよなく愛する者たちが集う研究会なのである。


 ただし「ミステリー」という言葉の響きに惑わされてはいけない。

 だがしかし、そういう惑わされた連中がこのサークルの戸を叩くことは、まあよくある話だ。


 今日も今日とて、一人の天然100パーセント勘違い少女が、

「ここ、ミステリーを研究するサークルなんですよね?」

 と勢いよく駆けこんできたものだ。

 ちなみに、今年入った一年の子だったらしいけど。


 まあ「知らなかった」で済まされるほど、この世界は優しく出来ちゃあいないのよ。


 というわけで、何も知らないで扉を開けたお馬鹿さんには、ウチらの先兵となって頂くことにした。

 かと言って、ウチらも鬼じゃない。

 選択の余地は与えることにしている……が、


「あの、わたし、ミステリー大好き少女なんです。『黒猫』なんてもう、最高傑作ですよね!」


 などと出会い頭にいきなし語り始め、挙句の果てに、


「ぜひっ、サークルに入れて下さい!」


 とまあ、そのままの勢いで申し込まれちゃあ、入れてやるのが武士の情けってもんでしょ。


 別に、武士になった覚えはないけど。


「もちろん歓迎するよ。ようこそ、我らがミステリーサークルへ!」


 これが、何も知らない一人の少女がへと足を踏み入れた瞬間だった。


 ~☥~ ✡ ~☉~ ✡ ~♁~ ✡ ~☽~


「あたしは二年の名取なとりみなと。ミステリーは、あたしの人生そのものって言っても過言じゃあないね。解らないことがあったら、あたしに何でもいて」


 まずは自己紹介からってなワケで、代表のあたしから挨拶することとなった。


「えっと、ありがとうございます。一年の渡瀬わたせ絵真えまです」


 彼女はおずおずと頭を下げる。


 ちょっと可愛いかも。

 ていうか、食べちゃいたい。


 そんな可愛げのある彼女に、あたしはそっと右手を差し出す。


「よろしく」

「よ、よろしくお願いします」


 緊張してるのか、ぎこちなく差し出された彼女の手を、あたしはギュッと両手で握りしめる。

 冷たい彼女の右手に、じんわりと熱が伝わっていくのが解る。

 あたしはわずかに口端に笑みを浮かべると、彼女の手を離してから胸を張り、


「さってと、他のメンバーも紹介しないとね。まずは……と」


 後ろを振り返り、真っ先に眼に映った奴を指差す。


「あそこでうつ伏せに寝てやがるのが、二年の礼能れのじゅん。おーい、さっさと起きろレノン」


 ガシガシと椅子の後ろから蹴りをかますが、この怠け者が起きる気配は一向に無い。


 駄目だこいつ、早く何とかしないと……


「まあ、こいつは後でいいや。次、レイ?」


「はい」と立ち上がったのは、ちょっと大人しめな雰囲気の少女。


「……二年の綾波です」

「誰がボケろと言った。そもそも、おまえ黒で長髪だろ? 下の名前以外、どこもかぶってないし」

「ごめんなさい、こういう時どんな偽名使ったらいいのか解らなくて……」

「いや、普通に本名言えばいいと思うよ?」

「えっと、内藤ないとうれいです。綾波じゃなくてごめんなさい」


 もういいよ。


「あと今はいないけど、三年のジョニーさんがたまあに来るくらいかな」

「ジョニーさん?」

「んと、自分のことをそう呼ばせてるお馬鹿な先輩がいるんだよ。うちらも面白がって呼んでるけどね」


 本名は別府べっぷ丈二じょうじなんだけど、ジョージさんじゃあ駄目らしい。

 よく解らんが、本人の好みだからしょうがない。


「あのおっさんも普段は気配すらないのに、いきなし何の脈絡もなく現れたりするし。まあ、ちょっとしたレアキャラみたいなもんかなあ。つーかアレだ、はぐれメタル?」

「それで、えっと名取先輩が代表に?」

「まあ、それでってわけじゃあないけどね。それと、『先輩』は要らないよ」

「あ、はい。えっと、名取……さん」


 一々恥ずかしそうに顔を赤らめて言い直すところが、また可愛いねえ。

 まじ食べたい。


「さっきも言ったけど、ミステリーはあたしの人生なんだ。あたし自身がミステリーかな。でまあ仲間集めて、このサークルを立ち上げたってとこかな」

「え、それじゃあジョニーさんは?」

「あのひとは、あれだよ。ビラを見て『面白そうだから』て、入ってくれたんだよ」

「そうなんですか……ところで、内藤さんは会話に参加してませんけど」


 見れば、いつの間にか椅子に座り直して本を読んでいるレイの姿。


「いつものことだよ。彼女は一度本を読み始めると、謎のフィールド展開して外界との接触を遮断してしまうんだ」

「もう一人の……」

「レノンだったら絶対起きないよ。何か事件でも起こるか、

「牛乳ですか?」

「そ、奴の力の源。白濁の液体。その名は牛乳ってね。奴の嗅覚は事件と牛乳の匂いを確実に捉えるんだ」

「どんな鼻ですか、それは?」

「一流のスナイパーの鼻さ」


 あれ、なんか引いてる?

 もしかして……


「ま、冗談はこれくらいにして。えっと、エマちゃんで良いかな?」


「あ、はい」とエマちゃん、あたしのペースに少し付いていけてないのか、慌てて返事をする。


 ほんと、初々しくて良いね。


「で、エマちゃんはさっき『黒猫』が最高だって言ってたね?」

「ええ、それはもう。ミステリーの巨匠ポーの作品でも、あのジワジワと迫る恐怖感がもう堪らなくて。最後の鳴き声には、思わず背筋が凍ったかと思ったほどです」

「でもねえ『黒猫』の本当の怖さは、そんなもんじゃないよ」

「え?」


 エマちゃんがいぶかしげにこちらを見る。

 あたしは、そんな彼女を眺めながら、薄らと目を細めていく。

 冷たく張りつめた空気をまといながら、あたしは一歩彼女に近寄り、その耳元でそっと囁いた。


「知ってるかな、沖田総司おきたそうじの話?」

「沖田って、新撰組の?」

「そ。その沖田総司なんだけど、病床の彼は今際の際に一匹の黒い猫を見た。そして、刀を取ってその猫を斬ろうと思ったんだね……でも、猫一匹斬る力もなく、ほどなくして彼は息を引き取った。これって、中々興味深い話だと思わない?」


 しかし、彼女は戸惑うようにこちらを見つめる。


「何を言っているのか解らない」とでも言うように。


「不思議だよね、死の間際に黒猫が現れるなんて。『黒い猫を見ると死期が近い』と言われるけど、『黒猫』ってなんで人間の死期が解るんだろうね? そう思ったことってない?」


 自ずと、あたしの口元に笑みがこぼれていた。それは恐らく、血の凍るような冷笑だったのだろう。

 エマちゃんの、あたしを見る眼に脅えの色が見え隠れする。


「ポーの『黒猫』にしたって、死のイメージを黒い猫と被せていた節があるし。これだけ見ても『黒猫』と『死の世界』は密接に関係していると思えてくるでしょ?」


「つまり……」とあたしはエマちゃんの肩に手を廻し、小さくつぶやいた。


「黒猫は死者の魂を導く、死神の化身かもよ?」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 エマちゃんが唐突に悲鳴を上げた。


「み、耳が潰れる……」


 うう、耳元でやられるのは流石に辛い……

 ちょっと、やり過ぎたかも。


 慌てて耳を押さえつつ、あたしは気を取り直してエマちゃんの方に向き直る。


「脅かしてごめん。でも、ウチらのサークルは、そっち系だから」

「そっち系って……?」

「世の中の怪異を見つけ、その根源を探って解決に導く。それが

「え、ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


 響き渡る絶叫。

 にもかかわらず、レノンは相変わらず目を覚まさず、レイは自分の世界に浸り、ジョニーさんは現れる気配すらない。


 そして、あたしはというと――


 今度こそ会心の笑みを向け、大いに胸を反らしてから高らかにのたまう。


「改めてようこそ、不可思議現象研究会――即ちミステリーサークルへ! そうそう、一度入ったからにはしっかり働いてもらうから、そのつもりでっ!」

「そのつもりでって……」

「さて、まずはビラ配りから。活きのいい新入生を、一人でも多く勧誘してもらわないとね!」


 あたしの快活な笑い声とエマちゃんのすすり泣く声が絶妙なハーモニーを奏で、室内を支配していった。



 ところで、ポーの『黒猫』ってサスペンスだったと思うんだけど……




 おわり

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