剣橋ミステリーサークル
さる☆たま
番外編 ミステリーな三周年
「祝、さぁーんしゅぅぅーねぇぇぇーん!」
「ひゃうっ! な、名取さん⁉」
入ってくるなり謎宣言するあたしに驚き、持っていた牛乳パックを落とすエマちゃん。
すると、隣で居眠りこきやがるレノンの頭に白濁の液体がぶっかかった。て、
野郎のぶっかけ見ても面白くねーんだよ!
むしろエマちゃんと替われ! そこっ!
などと、あたしの中で魂の絶叫が木霊する。
「もう何やってんすかパイセン。あーあ、こんなにぶち撒けて……せどー、そこの布巾取って」
「はいですぅ」
グチグチ言ってるソバージュの少女に、窓際にいるアクセまみれの茶髪娘が手元の台布巾を投げる。
一方でエマちゃんはというと、子供みたいに眠気まなこをこすっているバカ野郎の頭をハンカチで拭いて上げていた。
「ごめんなさい」と、不慮の事故にもかかわらず小動物のような愛くるしい眼差しを浮かべて謝る彼女。
もう三年生だというのに、この
いっそのこと食べていい?
「ちーっす、名取パイセン」
「みなねえ、おつかれさんですぅ」
そう言って挨拶する二人。
さっきから、パイセンパイセンつってる方は
あたしを「みなねえ」と可愛い声で呼んだのは
二人とも、エマちゃんと同じ学部の二年生だ。
「三周年って何の話っすか?」
「いい質問だなメグ……なんと、今日は我が
「そうやったんですかぁ」
「歴史浅いっすね」
「こら、そういうことは言わないの!」
さらっと不届きな感想を漏らす
すっかり先輩らしくなって、お姉さんは嬉しいよ。
いや、別に姉妹じゃないけど……
「ところで、三周年って何かするつもりなの?」
そこへ、今の今まで文庫本を読みふけっていた長い黒髪の女が会話に加わる。
ちなみに、彼女の席はちょうどレノンの真向かいにあたる。
つまり、思い切り牛乳被害を受ける位置に居るにもかかわらず、平然と読書に没頭していやがったのだ。
ある意味、大物かもしんない。
「勿論やるに決まってるだろ、レイ……と、そこのレノンも、当然お前ら参加だかんな」
あたしは、いつの間にか
「別に良いけど、一体何やるんだ?」
「それはこいつさ」と、あたしはハンドバッグから数枚の細い紙切れを取り出した。
「なにそれ?」とレイ。
「祝、さぁーんしゅぅぅーねぇぇぇーんきねぇぇぇぇぇーん! 特別きかくー!」
「と、特別企画……」と、この中で一番素直なエマちゃんが息を呑んだ。
いいねー、その反応。
お姉さん、まじで食べちゃいそう。
「ドキッ! ポロリだらけのNGワードゲーム!」
「ぽ、ポロリって、一体何を……」
あ、エマちゃんがちょっと引きつってる。
「ていうか、三周年記念でNGワードゲームって、なんかしょぼくないっすか?」
「しょぼい言うなら、お前何か他に案出せよ」と、あたしは唐突にメグに振ってみる。すると、
「えー、勘弁して下さいよパイセン」
心底嫌そうな顔で返された。
じゃあ、文句言うなよ……
「いいじゃない、たまにはこういうゲームやるのも悪くないと思うわよ」
そう言ってフォローしたのは、意外にもレイだった。
普段の彼女からは想像もつかないほど協力的だ。
「面白そう、ウチもやるですぅ」
元気よく手を挙げたのはレア。
「せっかくですし、やってみましょう」と、エマちゃんも乗り気になる。
「よーし、じゃあみんな席について」
あたしの号令で
「まずこいつを回すから、一人一枚ずつ取って」
そう言って、あたしはさっきの紙切れの束から一枚適当に取って、向かいのエマちゃんに渡す。エマちゃんからレノン、メグ、レア、レイの順に時計回りで渡っていく。
「取ったら、他の奴に観られないように適当な言葉を書いて机の上で裏返す」
あたしが指示すると、皆それぞれ思い思いの言葉を書いてそれを伏せる。
「あーそうそう、メグ、お前は目隠しな」
「なんで自分だけ!?」
「お前、絶対こっそり覗くだろ……」
言って、あたしはバッグからアイマスクを出してメグに渡す。
「ひっどいなーパイセン。ていうか、なんでこんなもん持ってんすか?」
「乙女のポリシーってやつさ」
「意味わかんないっす」
「どんなピンチの時も絶対諦めない可憐な乙女には、必須の安眠グッズなんだよ」
「お、おう……っす」
流石のメグも、あたしの必殺「ワケ解らんこと言って煙に巻く話法」の前には返す言葉も見つからないようだ。
うん、ちょっと
「メグちゃん、こういう時の名取さんは適当に流すのが上策ってモンだよ」
「ちょっ、エマちゃん?」
ま、まさかの堕天使エマちゃん降臨……だと!?
「エマちゃんパイセン、なんか名取パイセンがショック受けてるっすけど……」
「大丈夫、すぐ復活するから」
「うう……なんかエマちゃんが冷たい」
「そんなことないですよ、良い子だからもう泣かないの」
言いながら、あたしの頭をナデナデするエマちゃん。
「たくましくなったわね……あの子……」
「ああ、そうだな」
レイとレノンが遠い目をしながら口々に漏らすのが聴こえた。
「と、とにかく書けたら机の真ん中に集めるよ」
あたしは気を取り直してゲームの説明を再開する。
一か所に集められた紙切れを適当にシャッフルしてから、
「じゃあ、一枚ずつ取って頭に乗せる。絶対見るなよ」
「名取パイセン、マジでこれでやるんすか? 全然見えないんすけど……」
目隠ししながら机の上の紙を手探りで探すメグに、あたしが「ほい」と一枚渡してやる。
「これをこうやって持って」と、文字が書かれた方を表に向けて持たせる。
「じゃあ、みんなも同じように頭の上で持って、始めるよ」
そしてついに、この上なくえげつないゲームが開始された。
まずジャンケンして、最初の指名者が決まった。
「やった、ウチが最初ですぅ!」
レアは片腕でガッツポーズしてから、
「じゃあメグから」と向かいのソバージュを指名する。
「どうせ見えないから、いつでもどうぞ」
どうやら、目隠しでかえって腹をくくったらしく思いのほか落ち着き払っている彼女。
ちっ、目隠しさせたの失敗だったか?
「じゃあ、メグは先輩たちのこと、いつも何て呼んでるんですぅ?」
うわっ、こいつストレートできやがった……
メグの方は、この質問に余裕の笑みを浮かべる。
そりゃそうだろう、いくら何でも直球すぎる。
「えー、なんだろー、パイ……オツとか?」
「はい、メグNG!」
「うそぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「目隠し取っていいよ」とあたしが許可を出すと、メグは恐る恐るアイマスクを上げる。
そして、紙を裏返してみるとそこには「パイ」とだけ書かれていた。
「ちょっ、なんかズルくないっすかこれ。ていうか誰が書いたんすか?」
「さあ、誰だろうね?」とあたし。
「あ、そういえばさっき渡したのパイセンじゃないっすか!」
「くっくっく、今更気づいてももう遅いわ小娘!」
「ひっでー」
「勝負の世界は非情なものさ」
「非情なのはアンタっすよ、パイセン」
「はい次行こう、次」
「あ、逃げたっすね」
「じゃあ次は……みなねえで」と、今度はあたしを指定するレア。
「ほう、あたしに挑むか? 面白い!」
「みなねえの好きな物は?」
またしても、一見単純に思える質問を投げるレア。だが、メグがやられた顛末を見ればお解りだろう。これはわざと相手の連想しやすいワードを出してNGを誘発させる手だ。おそらく、エマちゃん辺りを連想させといて似たような言葉を言わせようとしているのだろう。
だが、メグならともかく、このあたし――ミステリーの申し子、
「もしや、あたしに何かプレゼントしてくれるのかな?」
「え?」とレアが言葉に詰まる。
会話とはコミュニケーションの一つの手法だ。必ずしも答えその物を返すとは限らない。しかし、彼女はそこを念頭に入れてなかったようだ。
「えっと……じゃあ、今度一緒にシルバーアクセのお店行ってくれたら考えるですぅ」
「はい、レアNG!」
「ぎょへっ!?」と謎の奇声を上げるレア。
その手に持った紙に書かれているのは「アクセ」の文字。
「やべー、このパイセン意外に強えっす」
あたしのこと何だと思ってたんだ、こいつは。
ともあれ、これで残るは本命のエマちゃんとレイとレノンの三人。
未熟な後輩共とは違い、一癖も二癖もあるツワモノたちだ。
ここから先は、高度な頭脳戦となること必死。
「じゃ、あたしが指名者ね……まずは、レノン!」
「俺か、望むところだぜ!」
意気揚々と返す彼。
「言っとくが、今日の俺は一味違うぜ。何せ、この1リットル牛乳があるからな!」
おそらくさっき冷蔵庫から出したと思われる牛乳パックを持ちながら、自信満々に宣うレノン。
「……はい、レノンNG」
「あれ……?」
首を捻りながら「牛乳」と書かれた自分の紙切れを確認するレノン。
ていうか――
せっかくのテンション返せ、この野郎!
「まあいいや、次はレイ……」と隣に座る長髪の方を見ると……
彼女は紙を伏せたまま、また別の本を取り出して読みふけっていた。
どう見ても、やる気ゼロである。
お前、さっきからやけに静かだと思ったらこれかよ!
「ま、まだわたしが残ってますよ!」
健気にそう答えたのは大天使エマちゃん。
「そ、そうだよね! じゃあエマちゃん行くよ!」
「あ……名取さんNG」
「へ……」と、あたしは思わず間の抜けた声を上げて……はっ!
しまったぁぁぁぁぁ! そういや、そんな予感してたじゃないか!
恐らくは「エマちゃん」と書いてあるであろう紙切れを、あたしはしかし確認する気にはどうしてもなれなかった。
おわり
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