第10話

 夏は、どこか死の匂いがする。

 青空の色も、足元の草むらの緑も他のどの季節よりも鮮やかに濃い。一歩外に出れば、すぐにけたたましいセミの鳴き声に取り囲まれる。そんな季節には寧ろ、生の躍動感を感じ取るのが普通の感覚だろうとは、思う。

 それでも、明るすぎる色が見せる高揚感はどこか虚しくて、その奥には、寂しさや悲しさが隠れているように思えてならないのだ。

 頬を汗が伝った。これでこそ、生きてるって感じがする。でも、あまりに強い生きているという実感は、どうも、逆に嘘っぽいと思うのだ。

 サークルのみんなは、夏休みを利用して長編映画を撮るとかいって、このところチーム作業で忙しそうだ。万葉や井岡も、長編映画のプロジェクトに参加している。行幸はというと、もちろん万葉や他のメンバーからもチームに誘われたが、個人で作りたいものがあるといって断った。もちろん、あおいの映画のことだ。行幸は相変わらずあおいの映像を撮りためていたが、それをどんなふうにまとめて、どんな映画にするのかなどということは、正直いまだに考えていなかった。ただ、一本の映画に組み立てる、その決意だけはできていた。

 そんなわけで、周りのみんなに比べれば、行幸は比較的のんびりした夏休みを過ごしていた。ふだんとは違い、あおいも昼間から家にやってくる。

「きみさ、夏休みだっていうのに友達とも遊ばないで毎日ここに入り浸ってていいわけ」

「そっちこそ、夏休みだってのに実家にも帰らないの」

「あー……」

そういえば、実家に帰るなんて頭、全然なかった。

「何。もしかして、あんたって家族と仲悪いの?」

ろくにこちらも見ずに聞くあおいの表情は読み取れない。

 ほんと。大人びてるんだか、子供なんだか、わかんないよなあ。

「じゃあ聞くけど、あおいはどうしてそんなに、僕と家族のことが気になるのかな」

「え」

「別に、いいけどね。言わなくてもさ。――家族だからって、無理に好きになる必要もないんじゃない」

「は?なんだよ、俺は別に」

「あおい」

ああ。やっとこっちを向いてくれた。

「僕だって、時々思うことがあるよ。この人たちとは、家族だからそれなりに仲良くできてるだけで、一個の人間同士として、例えばクラスメイトとか、違う形で出会ってたら、多分、話すこともないだろうなあって。もちろん、親には感謝はしてる。今もこうして大学に通わせてくれてるわけだし。でも、感謝してるかどうかと、好きかどうかは、別に切り離して考えたっていいと、僕は思う。血の繋がりを超えられる関係だっていくらでもあるはずだって、思ってる。僕にとっては、きみだってそういう存在だ」

ごめん、今はこれが、僕の精いっぱい。

「もし弟がいたら、こんな感じなのかなって、思うよ、時々」

分かってる。今、あおいに対して弟扱いを宣言してしまうことが、あまりにも酷だってことくらい。ごめん、でも、今はこれで許してくれ。僕はそんなに強くないから、きみの全部を受け止めることはまだできない。こういうずるい手に出るしかないんだ。賢いきみなら、分かってくれるよね。いや、分かるからこそ、残酷なんだよね。ごめん。でも、きみももう少し大きくなったら、気づくんじゃない?人は大人になったって大して強くなれないし、中身は弱いまんま、こうやってずる賢さだけは身につけていくからさ、なんかほんと、なんかだよな。

「ねえあおい」

急いで大人になったりするなよな。

「今度、海に行こうか。折角の夏休みに、毎日毎日僕の家にこもってるっていうのも味気ないし。あおい、海、行ったことあるか?」

「……ない」

「じゃあ決まりだな。ふ、僕とデートだ」

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