死織には体育会系女子の考えることは分からない

第164話 4秒つくれ


 死織は味方の配置を素早く確認すると、その中央、ミッドフィールダーのポジションに走り込み、とりあえずヒール・プラスで味方のHPを回復させた。


 本丸御殿の庭では、闇奉行配下の闇方と、隠神刑部の八百八眷属の軍勢が激突していた。その前線には二刀を抜いて派手に立ち回る将軍政宗。そして、闇奉行の姿がある。

 後方では水戸光希と佐々木格乃も剣を抜いて戦っており、いまその戦列に土方真冬が加わった。


 一方、御殿の大広間では、妖怪たちと味方プレイヤーたちの戦闘が続いている。

 素早く位置をいれかえ、剣戟に火花を散らしているのは、妖怪・鎌鼬と陽炎。


 少し離れて、隠神刑部の頸に噛みついている人狼はイガラシ。こちらはかなりの優勢。隠神刑部のHPは残りわずかだった。


 が、その手前、広縁の上で一進一退の攻防を繰り広げているのは、雪女を相手にしているカエデとヒチコックだ。こちらは二人が苦戦しているのが、見て取れる。カエデの火球とヒチコックの銃弾は、雪女にヒットしているのだが、なぜかHPを削ることが出来ない。


 逆に、雪女の放つ氷系全体攻撃魔法『雪颪ゆきおろし』のダメージで、HPをじりじり削られている状況だ。しかも、かなりの確率で、「凍結」のステータス異常を引き起こされてしまうのだ。


 もし凍結してしまったら、アイテムの解毒薬を使用するか、ステータス回復魔法の『デトックス』を使うしかない。

 いま、半分凍らされて、動きのにぶったカエデを、ヒチコックが解毒薬を使用して元に戻した。

 その間の攻撃は止まることになるし、その隙をついて雪女がふたたび雪颪の魔法を放ってくる。


「ヒチコック、カエデ!」

 死織は後方から叫ぶ。

「回復は俺がやるから、二人は攻撃に集中しろ!」


「はいっ!」すかさずカエデが叫び返す。なりは魔法少女だが、実は彼女、体育会系である。


「でも!」ヒチコックも叫び返す。「カエデさんの魔法が通用しないっす。あいつ、不死身系ですよぉ」


 たしかにそうである。


 カエデが鋭く投げつける火球が雪女の頭にヒットし、硬球を喰らった砂糖菓子のように砕け散るが、雪の結晶となって飛び散った細片は、周囲の水蒸気を集めてたちまちのうちに凍結し、雪女の頭部として再生する。


 カエデのファイヤー・ボールを喰らってその体を吹き飛ばされても、一瞬で再生し、そのHPはいささかも削られていない。


「ヒチコック! カエデ!」死織は叫び返す。「アンデット系の敵には、身体のどこかにコアがある。一気に体全部吹き飛ばして、そのコアを露出させて狙い撃て! できるか!?」


 ちらりとこちらを振り向いたヒチコックが「吹き飛ばせったって」という顔を一瞬見せるが、カエデは背中越しに死織に叫び返す。


「やります! あたしに4秒ください」


「ヒチコック、1秒はおまえが稼げ。あとの3秒は俺が作る!」

 死織はゼロにちかい自分のMPゲージを確認して、魔法薬を使った。16本目。あと4本。


「はい!」

 一声叫んで、ヒチコックがカエデの前に出て、マガジン・チェンジ。


 今するの?と死織が目をしばたく間に、膝撃ちの姿勢をとって、連射するヒチコックのコルト45オートから独特な銀色の銃火があがる。


 どうやら虎の子の特殊弾『シルバーチップ』の残りをここで使い切るらしい。ほんと思い切りのいい奴。


 ヒチコックのラピッド・ファイヤが、ガンっ! ガンっ! ガンっ!と連続で響く。

 スライドを後退させて薬莢を吐き出す45オートが跳ね上がるたびに、シルバーチップの着弾を受けた雪女の身体がぐらぐらと揺れる。


 対アンデット系の特殊弾は、ヴァンパイアとライカンスロープには威力絶大だが、雪女への効果は低い。がりっがりっとHPを削るが、そのそばから回復してゆく。ただし、その着弾の衝撃は、敵の行動を阻止するだけの威力はある。


 ヒチコックのマガジン一本分、7発の銃撃は雪女の動きをたっぷり2秒は止めた。

 つぎは死織の番。彼はヒチコックの45オートがスライドをストップさせるタイミングにかぶせて、魔法攻撃を放つ。


「聖なる夜の星々よ。清らかな光とともに降り注げ。『スター・シャイン』!」


 ヒチコックの銃撃の背後で、カエデは手にした火球を胸前で握りしめて集中している。

 が、構わず放つ神聖系攻撃魔法。


 カエデがなにをしているのかは分からないが、雪女の前に立つ彼女たちの背後から、死織のスターシャインが、青白い天の川あまのがわの輝きをもって降り注ぎ、無数の光輝が奔流となって流れて行く。


 流星の奔流は、味方であるカエデとヒチコックを素通りし、その向こうに立つ雪女の白い身体を飲み込んだ。


 幾十幾百の聖なる星屑が雪女の身体に突き刺さり、細かい孔を穿ってHPゲージを削るが、それもたちまちのうちに回復してゆく。

 アンデッド系なのに神聖魔法があまり効かない。手強い。まだ火炎系のファイヤー・ボールの方が効果がある気がする。


「はあああぁぁぁぁぁぁぁーーー!」

 スターシャインの奔流の中で、カエデが気合を発している。


 あれ、一体なにをしているんだ? 首を傾げる死織。

 どうも体育会系の女子のやることは分からん。


 見つめる死織の視線のさきで、カエデは右手に摑んだ火球を、猛烈な握力で握りつぶした。


「へっ!?」


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