第160話 幕府最強最高の役職
死織が指を振り下ろすのにあわせて、彼女の背後から夜の闇を払う銀色の光輝のつぶてが、雨あられと降り注いだ。幾百幾千もの輝く銀色の流星が、満天の星空が流れ落ちてきたかの如く、怒涛となって敵の軍勢を飲み込む。
神聖系全体攻撃魔法『スター・シャイン』。前方にいる敵のすべてにダメージを与える攻撃魔法だ。ダメージ低めだが、神聖魔法であるため、アンデット系の敵には効果が大きい。
この光の奔流に飲み込まれた火盗改たちが一斉に赤い数値を頭上に表示して、HPを削られる。また、範囲内にいた鎌鼬も雪女も、多少ではあるがゲージを削られる。ただし、妖怪どもは大して痛痒を感じているわけでもない様子。
だが、なにぶん敵の数が多い。トータルで死織が敵に与えたダメージは1000を軽く超える。これは、回復薬や回復職を持たないダーク・レギオンにとっては少なくないダメージだ。
そして、スター・シャインは前方限定だけに、その射程が長い。
死織の放った光輝の流星群は、大広間の奥に座すお澪の方こと妲己狐まで届いていた。
死織は敵のボスである妲己狐の総HPを確認するためにも、スターシャインが彼女にあたる瞬間を目を凝らして見つめていたのだが、傍らに生首を置いて正座する妖艶なる和服美女は、うるさいハエでも追い払うような所作で、死織のスター・シャイン手で一掃してしまった。
結果として、与えられるはずのダメージ量も、HPバーも確認することが出来ない。
「へっ、女狐め」
「ふたーつ、
金太郎、いや政宗の数え歌が響き、はっと我にかえる死織。いまは、それどころではない。
スター・シャインは攻撃魔法であるため、ダーク・レギオンには効果があるが、プレイヤーにはノーダメージ。すなわち巫蠱神劍禅にはまったく効いていないのだ。
──いけね、ヒチコックは!?
死織が目を向けると、巫蠱神劍禅に一太刀浴びせられて倒れたヒチコックがふらふらと立ち上がるところだった。
──あいつ、プレイヤー・キルされた経験なんて、ないよな……。
死織は心配になる。
ヒチコックはガンナーであり、ここまで敵との白兵戦をあまり経験せずに来ている。敵とまじかに顔を合わせ、その殺意にさらされ、殺すか殺されるかのバトルというものをあまり経験してはいないはずだ。
たしかに、飛竜の前に立ったり、ヴァンパイアを倒したりと、歴戦のプレイヤー顔負けのバトルはこなしてきた。だが、自身の身体に激しいダメージをうけ、激痛にのたうち、恐怖に抗い、回復されても癒えぬ心のダメージを受けたことはないはずだ。
死織の危惧した通り、ヒチコックは血の気の失せた青い顔でふらふらと立ち上がり、いまにも腰が抜けてうしろに尻もちついてしまいそうな怪しい姿勢で、自分に迫る劍禅を見上げている。
だらりと下げた手にはコルト45オートを握ってはいるが、手にした愛銃の銃口を上げる力があるようには、全然見えなかった。
「やべえ」
死織はヒチコッくを助けるために走り出しかけた。だが……。
厄介なガンナーにここでトドメを刺そうと近づいた巫蠱神劍禅の前に立ち塞がった侍がいた。
白い死装束に、ぽつぽつと赤い返り血を浴びた女性剣士。彼女は血に濡れた戦国刀の胴田貫を肩にかつぎ、いつもの笑顔で劍禅とヒチコックの間に立つ。
「将軍家指南役の巫蠱神先生」
真冬は、血の雫の飛んだ頬に笑みを浮かべて、丁寧にあいさつした。ただし、頭は一ミリもさげない。
「いつもお世話になっています。新選組隊士の土方真冬です。わたくしかねてより、御高名な巫蠱神先生に、一手ご教授願いたいと常々思っていたのですが、この機会にいかがでしょうか」
「土方真冬め。浪士組の分際で、無礼であろう」
嘲笑うように劍禅が鼻を鳴らす。
「控えい。俺は巫蠱神劍禅。将軍家指南役だ。このお江戸で将軍家指南役を拝領するということは、すなわち最強の剣士であるという証左よ。たかが浪士相手に、教授いたす剣はないな。そちの物言い、あまりに無礼千万。この場で切り捨ててくれる」
「真冬殿」
遠くから剣を振るいながら政宗が声を掛ける。
「劍禅はたしかに、お江戸最強の剣客ぞ。それを相手に斬り合いを挑むのは、いささか……」一人斬り、続ける。「無謀でござる。が、ここは同じ長屋のよしみ。拙者からの餞だ。将軍家指南役を上回る役職を与える。存分にその力、発揮してくれぃ」
言いながらまた一人斬り、ろうろうと詠む。
「みっつ、ミクちゃん、愛してる!」
「ミクちゃんって誰ですか!」
真冬が突っ込む。
そして、劍禅に向き直りながら、その目をまっすぐに見つめた。
「いま、あたらしい生業が来ました。いまのあたしは、新選組隊士ではないようです。でも、こんな生業、本当にあったんですね。お江戸最強最高といわれるこの役職……」
真冬はヒチコックに、「さがって」とちいさく伝えると、劍禅に対して
「推して参ります、巫蠱神先生! 『公儀介錯人』土方真冬、お相手つかまつる」
真冬が微笑んだ。
勝てないと分かっていても、それでも彼女は微笑した。
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