死織は無理なお願いをする

第159話 ベストの選択


「真冬さん、無事か!」

 死織は声をかけながら、駆け寄った。


 真冬はいま、ぬっぺっぽうの丸太のような腕の一薙ぎを躱して、敵の腹に一太刀浴びせたところ。分厚い脂肪がさけて、ぬらりとした血が流れるがぬっぺっぽうのHPはあまり減らない。だが、長い時間をかけて真冬がダメージを蓄積してくれたおかげで妖怪のゲージは残り少なくなっていた。

 あと一息。もうすこし粘れば、真冬はこの巨躯の妖怪を退治することができるだろう。


「すまない真冬さん。俺にそいつのトドメを刺させてくれ」

「え?」


 あと少しで倒せるところまで追い込んだぬっぺっぽう。そのトドメを刺させてくれというのは、本来は無理なお願いだ。真冬が不機嫌な顔で振り返るのも無理のない話。

 だが、死織は真剣な声でもう一度頼んだ。


「頼む。俺にそいつを倒させてくれ。本来ならここまでゲージを削った真冬さんがトドメを刺すべきなんだが、全体の戦局を俯瞰するに、こいつを俺が倒すことが、いま一番必要で、ベストの選択なんだ。頼む、真冬さん!」


「は、はあ……」

 あまり納得したとは言えない表情で、真冬はぱっと後ろに飛び退る。ぬっぺっぽうの体力ゲージは残りわずか、これを倒すのは、LV9の死織ならばそれほど難しいことではない。


「すまねえ」

 前に飛び出た死織は、咆哮をあげてつかみかかるぬっぺっぽうの両腕を掻いくぐり、虎撲こぼくを打ち込んだ。

 ぬっぺっぽうはエネミーとしてはゾンビ系にあたる。クレリックの発勁は効きがいい。

 ずーんとのけぞり、尻もちをつこうとする妖怪の巨体へ、死織は↘Kのミドルキックを当て、コンボでPから発動の七寸靠。低く浮き上がったところへ、引っ掛けるような空中コンボで↓K+Gの掃腿、地を這う廻し蹴り。


 ぬっぺっぽうの巨体は死織の打撃に翻弄され、最後の掃腿を待たずにそのHPを失っていた。空中で倒された巨躯の妖怪は、接地しながらきらきら光る破片となって昇天してゆく。


『死織さんがぬっぺっぽうを倒しました』

『死織さんがLV10になりました』


「よし」

 死織は低くつぶやくと、スタート画面を開く。

 そして、アイテムにストックされていた「魔導書」をクリック。LV10から習得可能な魔法をすばやく解放し、モードを「格闘」から「魔法」へチェンジ。そして素早く振り返る。

 彼の目に映ったのは、劍禅に斬られて倒れている瀕死のイガラシと、彼女を庇うように銃を構えたヒチコックが、一瞬で間をつめた劍禅の電瞬のような一薙ぎを喰らう瞬間だった。


 ヒチコックはトリガーを引いたのだが、その銃弾は劍禅に当たらない。ガンナーの射撃を掻いくぐった剣豪の剣は、一太刀でガンナーのHPゲージを残り1ドットにまで削っていた。

 万事休す。

 だが、本当の戦いはここからだ。


 集団戦というのは、ユニット単体の戦闘力のみで決まるものではない。補給力がものをいう兵站戦というものもあるのだ。


「ここからは俺のステージだぜ」

 死織はつぶやくと、人差し指を天高くつきあげた。

「癒せ! 俺の魔法。ヒール・プラス!」



 『ハルマゲドン・ゼロ』の魔法は、習得可能LVに達したプレイヤーが消費アイテムである魔導書をつかうことにより、使用可能になる。


 クレリックが使う全体回復魔法『ヒール・プラス』はLV10から習得可能であり、そのための魔導書を、死織はすでに購入済みであった。彼は魔導書を使用して『ヒール・プラス』を習得し、そのアナウンスがながれる前に、視界の隅に出現したアイコンを目押しして魔法を発動させる。


 死織の頭上から、ブルーレイが振りそそぎ、彼の周囲、一定範囲内にいる味方の身体がいっせいに青い光に包まれる。死織の視界のなかで、味方を表示するいくつものアイコンがきらきら光るエフェクトとともに、そのHPゲージを7割以上回復してゆく。


 ヒール・プラスの回復量は、単体回復魔法のヒールにくらべて劣るが、一定範囲内にいる味方全員を回復できる戦略的効果は大きい。


 今、劍禅の前で倒れているイガラシとヒチコックはもちろん、死織の前方で戦っている陽炎やカエデも削られたHPを回復させることができた。

 そればかりではない。


 SPCである金太郎や闇奉行、そして火盗改の軍勢と激突している闇方の武士たちも、その頭上に緑色の回復数値を表示させ、敵に与えられたダメージを回復していた。


 ただし!である。

 このヒール・プラスにも欠点はある。MPマジックポイントの消費量が大きい事だ。


 『ハゲゼロ』の戦闘システムでは、回復アイテムはパレットに装備できる数量しかバトル中に使用できない。


 回復薬は20、魔法薬も20である。

 ストレージにはもっとたくさんセーブできるのだが、ゲームの縛りにより、戦闘中に回復薬や魔法薬をストレージから取り出すことはできないのだ。逆に持っている限り使い放題なのはアーチャーの矢とかガンナーの銃弾とかだ。じつはこちらが例外だといえた。


 すなわち、死織のパレットにいま装填されている魔法薬20個。これが切れるときが、味方の全滅するときである。



 それと、もうひとつ。これは今回に限っての問題だが、死織の回復魔法は、敵である巫蠱神劍禅も回復してしまうということ。

 もっとも、それをいうなら、補助魔法のストロンとディフェンも、範囲の計算をまちがえれば、劍禅にかかってしまうことになる。


 ただし現状劍禅の攻撃力は、どうせマックス。これ以上強くなっても、強くならなくても、味方は一撃でHPを1ドットまで削られてしまうし、回復にしても、味方は劍禅の身体に一撃も入れられていないのだから関係ない。


「死織ん、さすがだ!」

 味方の闇方がいっきにHPを回復させたのをみた金太郎が親指を立てて「いいね!」してくる。で、それはいいのだが、テンションのあがった金太郎は、そのまま刀を抜くと火盗改の一人に斬りかかってゆく。


「ひとーつ、人の世、生き血を貪り!」


 ──上様ぁ! あんまり無理しないでくれよぉ。


 敵を一人切り捨てた金太郎の背中を心配そうに一瞥しつつ、死織はすかさずつぎの魔導書をクリックする。

 LV10からクレリックがつかえる魔法は、ヒール・プラスだけではない。


 死織の視界の下方にずらりと並ぶ魔法アイコン。そこに新しい赤のアイコンが出現する。

 死織はそのアイコンを一瞥してクリックしながら、人差し指を天高く突き上げた。



「喰らえ、暗黒軍勢ダーク・レギオンども! この神聖なる光の奔流を! 神聖魔法『スター・シャイン』!」



 死織は、LV10からクレリックが使えるようになる、神聖系全体攻撃魔法『スター・シャイン』を放った。


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