ヒチコックは円卓亭をおとずれる
第103話 円卓亭に大集合
「こんちは……」
『円卓亭』の扉を開いたヒチコックは、自信なさげに中をのぞきこむ。陽炎から聞いた話では、ここでいいはずなのだが……。
西日が差す店内は薄暗く、入口ちかくのテーブルについた女性がすでに陶製ジョッキを静かに傾けているだけで他にはだれもいなかった。
女性は黒髪をアップに結い上げ、ぴっちりした深紅のミニドレスに身を包み、細い身体のラインを惜しげもなく晒していた。そこそこの胸と無理やり作った谷間、ぎゅっとくびれたウエスト、長く綺麗な脚。ちょっと銀座のナンバーワンホステスみたいだったが、ヒチコックはほっとして声をかけた。
「カエデさん、どうしたんですか? そのキャバ嬢みたいな恰好」
「おー、ヒチコックちゃん。久しぶり。大変だったらしいね。なんか100万Gの借金しちゃったって?」
「えー、そうなんですよ。でも、なんかもう払わなくて良くなったみたいなんです。何だか知らないけど」
「あっそう。あたしはちょっと死織さんに頼まれて、変装っていうかコスチューム・チェンジをしたんだけど、これって結構お金かかるのよね。あとで必要経費をもらうまで、ちょっともとにもどせそうもないから、今夜はこの格好」
「いつもはすっぴんなのに、メイクすると、カエデさんって、なんかエロいっすね」
「それ、よく言われるのよ」
「おう、もどったぜ」
そこへ死織がイガラシとともに戻ってくる。
「あ、死織さん!」
「おう、ヒチコック、無事に帰って来たか」
「ヒチコックちゃーん、ダイジョブだった?」
「ええ、たのしくやってました」
「なんだ、そりゃ」
「あたしゃあ、心配したよ。ヒチコックちゃんが借金こさえて連れ去られちゃったからさぁ。でも、あたしには何にもできないし」
イガラシはちょっと涙ぐみ、白衣の袖で顔を拭った。
「いやー、すみません。あたしが調子に乗って全財産賭けちゃったばかりに」
ヒチコックは照れくさそうに頭を掻いた。
「ほんとだよ」死織はあきれる。「おまえのせいで、こっちは大騒ぎだ。みんなで協力してあのロレックスを騙してGを取り返してさ。でもイガラシは顔がバレてるから使えないし、白衣で目立つし、隠れててもらったのさ。あとで他のみんなもくるから、今夜はおまえの『お帰りなさい』の会な」
「え? そうだったんですか?」
「んで、ヒチコック。おまえその、『カルピス子供劇場』みたいなダサいポンチョは何?」
その後、ぞろぞろと人が集まって来た。
陽炎が茶髪をポニーテイルにしてなぜかセーラー服で現れ、アギトという錬金術師のモヒカン男がきて陽炎を見て騒ぎ、そのあとヒチコックは久しぶりにエリ夫に会えた。
みんなどうやら、ヒチコックの知らないところでなにかの作戦を遂行していたようで、そのことについてあれこれ、好き勝手なことを喋っていた。カウンター内では、店主のアーサーがあたふたしている。
「いや、死織さん、あの偽武器の作成法、使えますよ!」モヒカンのアギトが興奮して口からフライドポテトの粉を吹いている。
「やめとけよ。あんなのすぐバレるから」
「なにしたでござるか?」興味をそそられて陽炎がアギトにたずねる。
「あのですね、オリジナル武器のステータス画面の端に表示される、作成者のエンブレムあるじゃないですか。あれを裏技で大きくして、画面の『武器名称』欄以外を隠しちゃうんですよ」
「そのバグなら拙者も知ってるでござるが、それって意味あるの?」
「で、エンブレムに絵を描くんです! 偽物のステータス画面の絵を! すると、ステータス画面を偽造できるってわけですよ。つまり、本物のステータス画面の上に、自作した偽物のステータス画面の絵を重ねて、インチキなステータス画面を作っちゃうんでっせ。で、その偽物の画は、こっちのエリ夫くんが描いてくれたんです」
「あきれた」陽炎は死織の方を見る。「まるで忍術ね。おぼえとこ……」
「え?」遠くからカエデが、ちょっと赤い顔で声を上げる。「じゃあ、あたしがロレックスって人のところへ持って行ったあのエクスカリバーって剣、あれも偽物なの? でも、名前は変えられないんでしょ。たしか、ちゃんと剣の名前は『エクスカリバー』になってたけど……」
「本物のわけ、ないじゃないですか!」アギトが腹を抱えて笑った。
死織もくすくすと笑っている。
「あれよぉ、エクスカリバーじゃなくて、『
と、お得意のバル
「でも、ずいぶん複雑な手順で騙しましたね」
円卓の向こう側からエリ夫がたずねてくる。「あれくらいよく出来た偽物なら、ふつうにロレックスを騙せたんじゃないですか?」
「いやいや」
死織は首を横に振る。
「どんなによく出来ていても、偽物は偽物。疑われたらお終いさ。そして、本物だとしても、あのロレックスは素直に俺からは買わない。だからあいつには、俺を騙す快感という餌を与えた。そっちに目が行って、偽物を摑まされたことに、あいつは気づかなかった。といっても、偽物の武器を作る方法があるなんて、ロレックスは知らないわけだから、本物と信じるのも無理ないんだが……。そして、その本物と信じた偽物を使ってあいつには、ベット・システムを起動してもらう必要があった。しかも、あいつが後攻で、だ」
ベット・システムは後攻が絶対有利。ロレックスはその常識にとらわれすぎたがために、雷蔵による掛け金の異様な釣り上げに応じてしまった。自分が先攻ならばそんな無茶なベットはしないだろうし、雷蔵が後攻であれば金額の10パーセントまでしか掛け金は釣り上げられない。
死織が複雑な手順でロレックスを騙したのには、もうひとつ理由があった。
それは、偽物のエクスカリバーをロレックスの手元に残しておくわけにはいかないという理由だった。
あれがあれば、ロレックスに新しい商売のネタ、すなわち偽武器作りのアイディアを与えてしまう。
また、完璧を期すなら、もうひとつの偽物「エクスキャリバー」の方も回収する必要があった。
だが、あっちはロレックスも公式の偽物と信じていることだろうから興味は持つまい。しかし、本物のユニーク・ウェポンと信じている「エクスカリバー」は、ロレックスの手元に残しておくことは、危険すぎた。
本物と信じた武器が偽物だと発覚したとき。それを作ったアギトやエリ夫、そして糸を引く死織という線をロレックスは絶対に気づくだろう。あの偽武器の製作者であるアギトやエリ夫、そして自分をロレックスの報復から守る。
そして、あまりにもよく出来た偽物の聖剣をロレックスに活用させない。
そのためにも、あの偽物の「エクスカリバー」を、なんとしてもロレックスの手から奪い返しておく必要があった。
あれさえ手元になければ、ロレックスは自分が誰によって、如何に騙されたかを特定できない。いやそれどころか、下手すれば自分が騙されたことに最後まで気づかない可能性すらあった。
騙されたことに、騙された本人すら気づかない。もしかしたら、それこそが究極の詐欺の手口かも知れない。そんなことを思って、死織は口元を綻ばせた。
「にしても」陽炎が肩で笑う。「雷蔵が感心していたよ。さすがは死織だってさ。彼女、あなたに会いたがってたわよ」
「え? そうなの? 俺ってその雷蔵って人に会ったことあるの?」
死織はきょとんとする。
偽物の武器をロレックスに売りつける計画を進めるにあたって、死織が最初考えたのは、剣を欲しがる役を陽炎にやってもらうシナリオだった。
なにしろ、死織たちのチーム内で一番レベルが高いのは陽炎だし、忍者である彼女なら剣を欲しがっても不思議ではない。
しかし、陽炎が出したアイディアは、「あたしの知り合いに、すっごい高レベルのプレイヤーがいるから、彼女に頼もうよ」というものだった。
それが、有名なトップ・プレイヤー竜崎R雷蔵であるとは、死織ですら思ってもみなかった。そして、その竜崎R雷蔵が、死織に会いたがっているというのは、ちょっと驚きであった。
死織自身の記憶にはないが、もしかしたらその雷蔵と死織は過去に会ったことがあるのだろうか?
「さあ? どうだろう?」アルカイック・スマイルでごまかす陽炎。「会ったことあるんじゃないの? 雷蔵が会いたいっていってるんだから」
「へえ、そうなんだ。でも、トップ・プレイヤーとか、ちょっと怖そうだな。どんな人?」
「自分で会って確かめなさいな。で、その雷蔵なんだけど、今度大物のダーク・レギオンを仕留めるから、手が足りないらしいのよ。自主クエストを企画するから、ロレックスに借金のある人はそれに参加して欲しいって街に貼紙してたわよ」
死織が苦笑する。
「そんなん、どうせ騙してロレックスから巻き上げたGなんだから、返してやればいいじゃねえか。あ、そうは言っても、誰が借金しているか、分からねえか。……って待てよ、ロレックスへの借金をそのクエストで返すってことは、結局は雷蔵って人、それみんな自分のGになるんじゃねえか。抜け目ねえなぁ、トップ・プレイヤーってやつは」
「まあ、そうだけど、死織」そこで陽炎は、すうっと目を細めた。「ロレックスのことなんだけど、……彼、死んだよ」
「ほお」死織はすこし驚いた。「なんでまた」
「殺されたって噂だわ。なんでも、狙撃されたらしいわよ」
「ええっ!」死織の隣にいたヒチコックが思わず大声を上げる。「狙撃!?」
ちらりと陽炎が、ヒチコックの目をみたが、すぐにその視線をそらした。
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