第102話 1億もしくは2億G


<1000万G>ベット


<OK>


<1000万G>ベット


<OK>


<1000万G>ベット


<OK>……。




「あの!」さすがのロレックスも青くなって雷蔵を止めた。すでに掛け金は1億をはるかに超えている。正確には1億7000万G。「だいじょうぶなのでしょうか? 負けたら、エクスカリバーも1億7000万Gも、わたしのものになってしまうんですよ」


「いいじゃないですか。エクスカリバーは本物なのでしょう? これは、あなたにとって、お得な話のはずですよ」

 雷蔵はにっこり笑う。


「しかし……」

 この女、所持金はいくらだ? ロレックスは素早く計算する。いくら多数の『ダーク・レギオン』を狩ってきたとしても、1億超えのGを所持しているものだろうか? さすがにそれはないのではないか? 現在のロレックスの所持金ですら、1億とちょっとといったところだ。

 いくら凄腕のプレイヤーとはいえ、1億や2億ものGはもっていないだろう。


 とすると、この竜崎R雷蔵は、ロレックスに多額の負債を負うことになる。その金額、概算で1億Gオーバー。

 つまり、このトップ・プレイヤーを、ロレックスは、奴隷として使役することが出来るのだ。

 これ以降、この女の稼ぐGは、すべて自分の物。自主クエストを作れば、そのGは倍になってロレックスのもとに流れ込むことになる。

 その莫大な金額の流れを想像して、ロレックスはくらくらするような興奮に身体を震わせた。


「そうですね」雷蔵はお遊びを中断された子どもの様に、残念そうな表情を見せた。「では、ここらでやめておきますか。オープンしましょう」


 雷蔵が<オープン>。

 ロレックスも<オープン>する。正直このときばかりは、興奮に目線が揺れてしまった。

 ──1億7000万G!

 このたった一回の勝負で、所持金額が倍以上になった。大博打に、俺は勝った!


 ロレックスの目の前に、赤い点滅が光った。表示された文字は「×」だった。


「へ?」

 ロレックスは間抜け顔で、目の前の「×」を見つめる。

「え、なんで?」

 まさに、なんで?である。なんで自分が負けているのだ?

 ロレックスはきょとんと雷蔵の方を振り返った。


 彼女はもう、笑っていなかった。

「おい、ロレックスとやら。おまえよくもぬけぬけと、このあたしをペテンにかけようとしてくれたな」雷蔵はテーブルの上のエクスカリバーを取ると、柄と切っ先を両手でつかんで、ぐいと力をいれ、その刀身をぐにゃりと折り曲げた。「こんなまがい物を1億Gで売ろうとは、ずいぶん舐めた真似してくれる」


「え……」ロレックスは唖然と、折り曲げられてしまったエクスカリバーを見る。「いやそれは、ユニーク・ウェポンですよ。それを……」


「アホか」雷蔵に一喝された。「ユニーク・ウェポンがこんな簡単に曲がるか!」


「あ、いや、あの、これは……」ロレックスは後ろのダイブスを振り返るが、彼は恐怖に硬直してしまって身動き取れない状態だ。

 ロレックスはダイブスのその姿をみて、いま自分の身がさらされている危険の大きさに初めて気づき、はっとして雷蔵へ目を戻す。


 彼女は不機嫌そうに腕組みしてこちらを見つめている。が、まだ剣は抜いていない。だいじょうぶ、まだ助かる。だが……。


 ロレックスの視界の隅で、自分のステータス表示が動き出していた。一番端の表示が動いている。そこに示されてるのは所持金額であり、さっきまで100,000,000G以上と表示されていた数値が、もの凄いスピードで減っていっている。


「え?」

 その瞬間、ロレックスは、自分の身体から血の気が引いていくのを感じた。まさに血液が引いていく感じだ。なにせ彼のすべてである所持金額、彼自身のアイデンティティーといっても過言ではないGの数値が、今、めちゃくちゃな勢いで失われていっている。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ……。これは……。そんな、おいっ!」


 いままでに死に物狂いで溜め込んできたGが、彼の命ともいえるGが、消えてゆく。

 たしかに所持Gよりも多くのGを、彼は持っている。購入した屋敷や、大勢のプレイヤーに貸してある借金。

 だから今の所持金額が彼のすべてのGではないのだが……。かといって、資産や債権を合わせても、7000万Gにはならない。せいぜい1000万がいいところではないか……。


 ぐんぐん減っていった所持金額は、あっという間にゼロになり、そこから赤い文字のマイナス数値として、どんどん増加してゆく。そのさまをロレックスは、茫然と、なにか信じられない夢でも見ているみたいに眺め続けた。


 やがて赤い数字は、ぴたりと止まる。その金額、『-6189G』。ロレックスは、画面の中でいままで見たことのない、赤い数字の表示をじっと見つめていた。彼はろくに戦いもしなかったため、画面の中に赤い文字が表示されることが今まで全くなかったのだ。


 ロレックスは、その場に膝をついた。

 消えてしまったのだ。いままでのすべてが。ここにきて稼いだすべてのGがいま、幻のように消えてなくなってしまった。


「ロレックス、あたしの用は済んだ」雷蔵の声が降ってくる。「目障りだから、とっとと消えてくれ」

 ぱちんと雷蔵の指が弾かれると、扉を開けてNPCの太ったホテルマンが入ってくる。

「おい、来い」

 ホテルマンは乱暴な調子でロレックスの襟首を持ち上げると、そのまま引きずるように出口の方へ連れてゆく。


「そんなバカな……、あのエクスカリバーは本物なんだ!」

 ロレックスは叫んだ。

「これはなにかの間違いだ! なにかのペテンだ! こんなバカなことがあってたまるもんか! ふざけるなっ! 責任者を連れてこい!」

 ロレックスが喚き散らす声が廊下から響いてくる。それを耳にしたダイブスが、いたたまれない様子であとを追う。


 あとに残された雷蔵はホテルの窓にちかづき、古都ライムの朝の景色を眺めながら口をとがらせた。


「こっちのスイートは、景色が良くないわね。真正面に教会があって、なんにも見えないわ」


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