死織・ザ・ドランカー
第83話 ギネス、そしてフィシュ&チップス
「ここは、どんなもんがあるんだ?」
メニューを開きながら、死織がたずねる。円卓の向かい側にいる陽炎は素顔をアギトに見せたくないのだろう、いまはきっちり頭巾をかぶり、顔を布で隠している。本日の彼女の忍び装束は、黒革のボディーアーマーに紫のレオタード。ただし、身体の線も、頭巾からのぞく目もまるで男。声も低く、
「ふっ、なんでもあるでござるよ。拙者はギネス・ビールにフィッシュ&チップスをオーダーするでござる」
「ああ、そう。じゃ、俺もそれ。みんなもそれでいい?」
「あ、あとガーリック・トースト」
エリ夫が手を上げる。
「じゃあ、あたしは、マルゲリータ」
とイガラシ。
「じゃあ、アーサー。今言ったやつ、全部人数分」
「はい、かしこまりました」気の弱そうなアーサーがメモをとりつつ、確認する。「ビールは全部ギネス?」
「ああ、それでいいよ」
死織はメニューをぱたんと閉じた。
「イガラシ、で、ロレックスについては調べ、ついたのか?」
死織はひとつ向こうに座るイガラシへ訊ねる。
「うん。結構分かった。あいつ、そうとう大勢の人を騙してGを巻き上げているみたい。で、騙された人たちは、彼に借金返済するために、泣く泣く彼のクエストを攻略しているみたいなの。しかも、それが彼自身が作ったクエストだから、なんか変なのが多くて難しいらしいんだよ」
「彼の作ったクエスト?」死織は首を傾げた。「自主クエストか。なんでまた」
すこし考えて答えが出た。
「なーるほど、そういうことか」思わずポンと手を打ってしまった。「クエストってのは基本自動生成なんだが、プレイヤーが企画して自主的にクエストを作り出すこともできる。それを自主クエストって言うんだが、たとえば報酬1000Gのクエストを開催した場合、企画者が500Gを出し、残りの500Gはゲーム側、つまりシステムが負担してくれる。……ということはだぞ、ロレックスは一回1000Gのクエストを企画すると、それをクリアしたプレイヤーから1000Gを受け取ることになる。もともと自分は500Gしか出していないのに、それが1000Gになって返ってくるんだ。ぼろ儲けだよ」
「ぐわー、頭いいねー」イガラシが目を見開いて感心している。「でもそれ、あたしたち仲間内でも出来そうじゃないですか? 自主クエスト企画して、仲間でクリアして報酬山分け」
「それだと意味がない」死織が苦笑した。「それなら普通にクエストをクリアした方が効率がいい。ちがうか?」
「???」イガラシはちょっと天井を見上げた。「そーか、……そうなるか」
「相手にベット・システムによる負債があるから成り立つ商売だ。上手い事考えてやがる」
死織が顎をこすっていると、アーサーがよたよたしながら大量の
「んじゃま、前祝といきましょうか」死織はピューターを掲げると、みなの準備を待って音頭を取った。「乾杯!」
かちゃかちゃと金属が打ち合わされ、みんながなみなみと注がれたギネス・ビールの、コーヒー色の泡に口をつける。
絹のように細やかで、綿のように柔らかい泡。かすかにあたたかいそれに、死織は唇をつけ、すうっと啜る。
ギネス・ビールは癖がなく、酸味もうすい。コクのある黒い液体を喉に流し込み、なめらかな喉ごしを堪能する。
「うーん、うまい」
このローストされた麦芽の、えもいわれぬ甘み。コーヒーよりも黒く、深海よりも暗い液体。抑えられた苦味と酸味。醸し出される甘み。
「やっぱギネスの泡は格別ですね」
隣でエリ夫がしきりに頷いている。
フィシュ&チップスがつぎつぎに運ばれる。まずは熱々のフライド・ポテトから。
外はかりっと、中はふんわりとしている。かじると、中から湯気が煙のように立ち上るふわふわのポテト。塩の効きもいい。ハインツのトマトケチャップとも合う。
口の中を火傷しないうちに、ギネスを啜って温度を下げる。ポテトとクリーミーなスタウト・ビールがお互いを補完し合って、口の中でワルツを踊る。
フィッシュ&チップスのフィッシュの方は、白身魚のフライだ。これはそのまま食べてもおいしいが、おすすめはハインツのビネガーをたっぷり垂らし、びしゃびしゃになるくらいにしてから口の中に放り込む。淡白な白身魚とビネガーの酸味。そこへ絹糸のような泡とともにギネスを流し込み、口内で味覚のシンフォニーを奏でさせる。
これこそ、大航海時代の船乗りの味覚。
ああ、円卓亭の酒場。まるでロンドンのパブのようである。ロンドンには行ったことないけど。
お次はガーリックトーストをちょっとつまむ。
薄切りのフランスパンに、ガーリックとバターが沁み込み、軽く焦げるほどに火が通されている。カリっとした食感とガーリックの辛み、バターの濃厚な風味、パン生地のもちっとした穀物の甘み。それらを堪能しながら、ふたたびギネス。
まろやかなギネスは、なんにでも合う。料理の味を損なわず、おだやかに引き立ててくれる。
死織はマルゲリータを摘まみ上げる。
薄く香ばしいピザ生地と、その上でとろけるチーズ、湯気をあげるトマトソースの酸味。
シンプルであるゆえに、引き立つ素材の旨さ。そして、ピザにも合うギネスの懐の深さ。
「ふう、上手い」
一息ついた死織は、ふとヒチコックのことを思い出した。あいつ、ちゃんと上手い物食べているだろうか?
「へっ、あいつがいないと、静かでいいや」
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