第82話 え!? もう終わったの?


 アギトの工房は、円卓亭から歩いて15分ほど、ちょっと遠いところにあった。

 ごみごみしているが、清潔な路地裏のこじんまりとした商店。主がいなくなった武器屋という設定の店をレンタルして工房にしているらしい。

 間口の狭い入口には小さな看板。「御用の方はお名前と要件をどうぞ」と書かれた小さな黒板がドアにかかり、そこに3つほど武器の依頼が入っている。


 アギトに案内されたエリ夫と死織は、秘密基地みたいな店内に案内され、工房として使われている部屋で車座に腰を下ろした。


「自主製作の武器っていうのはさ、武器屋のカウンターでないと作成できないんだ。だから、俺らみたいなウェポン屋は、武器屋に入り浸るか、こうして使われていない武器屋を借りて武器を作ることになる」


「まず、その製作手順なんだが、入手した素材アイテムをもって、武器カウンターにいき、そこで作れる武器を確認する。作れる武器は、もっている素材とその量によってちがう。プレイヤーのレベルでも変わる。作成可能な武器のうちから、作りたい物を選択して作成スタート。ここからいろいろと操作があるんだが、ボタンを押すタイミングで、出来上がる武器の性能が変わるという仕組みさ。こればっかりは、長年の経験と勘。あとはセンスかな? 腕のいいウェポン・メーカーが作る武器は、クエストで手に入る武器となんら遜色ない。場合によって、遥かに優れたものが出来ると評判さ。俺? もちろん俺は、ナンバーワンの腕前よ」


「ひとつ、とっておきの武器を見せてやるよ」

 アギトはストレージから、一本の刀を実体化させて、死織に手渡した。

「どうよ?」


 渡されたのは、黒鞘の日本刀。柄巻きも黒。下げ緒も黒。無骨な鍔は素っ気ない意匠。

 死織は受け取り、その武器のステータス画面を開いて、ほお、と唸った。



   <ムラマサ>

 攻撃力       80

 装備LV      10

 値段      1000G

 カテゴリー   オリジナル



 自分の所有物ではないし装備LVも足りないので、すべてのステータスを見ることはできないが、装備レベル10でこの攻撃力はなかなかである。


「え? 村正なんですか?」ステータス画面を覗いたエリ夫が、驚いた声をあげる。「本当に、あの村正?」


「だから、オリジナル武器だって言ってるじゃねえかよ」死織は苦笑した。「第一村正じゃなくて、ムラマサだし。カタカナな。偽物だよ。実際にある武器の名前は、オリジナル武器には使えないんだ。でも、ちょっと値段が高くねえか?」


「何言ってんだよ、死織さん。どこ見てんだ。武器のステータスじゃねえよ。刀の姿と刃紋を見てくれ。の目乱れで箱刃で表裏をコピペせずに揃えているんだぞ。反りが浅いこの精悍な姿。精緻な刃紋。どこをとっても、本物の村正、いいか、ハゲゼロ内の本物じゃないぞ、リアルな本物の村正だ、それと比べても遜色ない出来なんだよ。わかるか? この品位。いかにも斬れそうな刃の冴え。見ているだけで、人を斬ってみたくならねえか?」


「いえ、それ、ゲーム攻略に無関係ですよね」

「エリ夫、おまえが言うな」


「わかってねえなぁ。武器ってのは、攻略のためのツールってだけじゃねえんだよ。わが身を守る、いざというとき頼れる最後の相棒なんだ。俺たちはこいつに命を預けて戦場を駆け巡ってるんだ」

「たしかにその通りですね」

 深くうなずくエリ夫。


「……戦いが虚しくなってるんじゃねえのかよ?」とちょっと首を傾げた死織だが、すぐに他の二人を促す。「まあ、いいから、そろそろ武器を作り始めよう。とっとと終わらせて、円卓亭でみんなと手順を決めたい」

「そうだな」


 ぽんと膝を叩いて立ち上がったアギトは、工房のカウンターへ向かう。そこには背の高い椅子が用意されていて、武器製作にまったく支障のない最高の環境が出来上がっている。

 アギトはエリ夫用の椅子も用意してくれて、二人はならんでカウンターに向かい、腰を下ろした。武器製作画面が立ち上がり、拡張現実式の画面とキーボード、マウス、ペンが出現する。


 まずは武器ファイルを作成し、種別を決め、名前を付ける。種別は魔法杖カテゴリーの中のカルス。素材はすべてアギトのストレージにあるもので間に合う。名前は適当にトランプ1。


「属性や特殊能力はいるのかい?」


「いや」死織は首を横に振る。「なにもいらない」


「んじゃ、もう出来る。あとは、エリ夫くん、君の仕事。そっちの画面にレイヤーを立ち上げるから、頼むわ。でも、あと10分もないけど、間に合うの?」


「そんときは、またイガラシに盗んできてもらうさ」

 死織はまじめに語ったのだが、なぜかアギトには「けけけけけ」と笑われた。


「大丈夫です。同じ意匠の連続ですから、一部書き写せば、あとは簡単。すみません、アギトさん、このパターンの連続回数だけ、数えといてもらえますか」

「あいよ」


 死織は、二人の作業を後ろからながめ、たまに画面を覗き込む。たちまちのうちに出来上がってゆく魔法杖カルスの映像に、すっかり感心してつぶやいた。


「たいしたもんだな……」



 カルスが完成するまで、30分もかからなかった。

 アギトとエリ夫は出来上がったカルスを確認して、渋い顔で「まあ、こんなもんだろ」と死織に手渡してきたが、完成品のカルスを手にした死織は唖然とした。


「すげーな、これ。ここまでの完成度でオリジナル武器が作れるもんなのか?」


「まあ、俺の仕事は大した事ねえ。凄えのは、エリ夫くんだよ」カルスは肩をすくめた。「これほどの才能がある男は、俺は大友克洋くらいしか知らねえ」

「いやぁ」

 照れるエリ夫。


本気マジか。本気マジだったのか!」

 死織は唖然とした。



 そののち、三人は円卓亭にもどり、まだ帰ってきていないイガラシを待った。

 外を回って情報収集をしていたイガラシは、死織たち三人がすでにもどってきているのに驚いた。

「え? もう終わったの?」



 そして、次にもどってきた陽炎に、死織はもっと驚く。


「ええっ!? もう戻って来たの? 何日かかかると思ったのに!」



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