第81話 カルスを作ってもらいたいんだ


「ロレックスだって!? あんた、ロレックスを騙そうってのか!」

 話を聞かされたアギトは、思わず大声をあげた。甲高いモヒカン男の悲鳴が、円卓亭の酒場に反響した。

「無茶だ。やめとけ。あいつは別格だよ。あんなに狡賢い奴はいないんだって。あいつを騙すなんて、不可能な話だ。サタンのように狡猾な男なんだからな。悪いことは言わねえ。やめておけって」


「まあ、そこは任せておけって」死織は自信たっぷりに口元を歪める。


 グラントン武器商会で顔合わせしたアギトを死織は円卓亭まで引っ張って来た。彼には事情を道すがら説明し、ここに到着してから、騙す相手がロレックスだと教えたのだが、それでこの反応であった。


 アギトはLV9の錬金術師である。彼曰く、「錬金術師でないと、調合できない素材もあるし、希少アイテムの入手確率も高い。また武器作成時の属性付与率も、他の職業の比じゃねえんだ」とのことである。


 アギトは優秀なウェポン・メーカーであるが、「ウェポン・メーカー」とはハゲゼロの正式な職業ジョブではない。


 ハゲゼロにはいくつも特殊なシステムがあるのだが、そのうちのひとつに『武器製作』というものがあり、これは本来の攻略とは別に、一種の熟練と経験、プレイヤーの技術が問われる特殊クエストであるのだ。


 『武器製作』のクエストは、決められた素材を入手してきて、その材料から強力な武器を自主製作するものなのだが、高性能な武器を作ろうと思ったら、プレイヤーの腕と、付与されたキャラクターのスキルが必要である。

 この『武器製作』のクエストを専門に攻略し、高性能武器を作り出す技とスキルを持つものを、他のプレイヤーたちは尊敬の念をこめて『ウェポン・メーカー』と呼んでいるのだ。


 そして、ウェポン・メーカーには適したジョブというものがあり、それが『科学者』と『錬金術師』であるのだ。とくに錬金術師は武器製作時、武器にに付与される特殊属性の発現率や希少な素材の発見率が高い。

 まさに、ウェポン・メーカーのためにあるようなジョブなのであり、アギトがそのジョブを選択していることは当然であるといえた。


「いや、でもなあ」

 アギトは悩むように眉尻をさげる。

「この古都ラムザで、ロレックスの奴に睨まれたら生きていけないぞ。これは文字通りの意味だ。あいつに逆らって、いつのまにやら姿を消したプレイヤーは星の数ほどいるんだ」


「そんなに凄いんですか?」死織の隣で円卓に着いたエリ夫がバカにしたような声をあげる。


「マネーパワーってやつだ」アギトはため息まじりに答えた。「噂じゃあ、奴が所持しているGは、軽く億を超えるって話だ。それだけのGがあれば、なんでもできる。人の心も命も買えるのさ」

「そんなことないと思いますけど」

 無邪気にエリ夫は否定する。


「ときに、死織さんよぉ」アギトは死織の方へ身を乗り出す。「あんたの、ロレックスを騙す手ってやつを、俺にも教えてくれねえか? まずはそれを聞いたうえで、話に乗るか乗らないかを決めさせてくれ」


「ふむ」死織は声をひそめてアギトの質問に答える。「そいつはまだ言えない。まず明日、ロレックスに会ってきて、ちょいと仕掛けてくる。作戦の本番はそれからだ」



「はあ、もー!」入り口の扉が勢いよく開いて、白いナース服の小柄な女性が、長い髪を靡かせて円卓亭の酒場に入って来た。「お待たせ、取って来たよ」

「おう、ごくろうさん」死織はイガラシが投げて寄こしたものをキャッチすると、嬉しそうに笑った。「これこれ。さすがはイガラシ。よく盗んできてくれた。やっぱマンチカン召喚したのか?」

「したわよ。もう、大変だったんだから」イガラシ不機嫌そうに頭をがりがり掻くと、スツールにどすんと腰を下ろす。「巨大猫の振りして、カウンターの中に忍び込んだら、あっさり見つかっちゃって。あわてて口に咥えて大脱走したけど、表通りまで追っかけられて大騒ぎだったんだから。あとそれ、施設アイテムだから、30分で消滅するからね」


 施設アイテムとは、その場所に設置された家具や小物をいう。その場にある限りはいつまでも存在するが、その場所から動かしてしまうと、30分で消えてなくなってしまうのだ。


「トランプ……ですか?」

 横から覗き込んだエリ夫が怪訝な顔で死織が手にしたアイテムを見つめる。


「そう、トランプだ」死織は受け取ったトランプのケースを円卓の上にとん、と置く。


「それ、カジノから盗んできたのか?」アギトも変な顔で死織の事を見る。「そんなもん、盗んできてどうするんだ? そちらのお嬢さんの言う通り、それ、30分で消滅するから、七並べとかやってる時間ないぞ」


「ああ」死織は分かっているとばかりにうなずいて、箱から中身を取り出した。そして円卓の上に、裏を上にしてカードを置く。「なあ、アギト。『カルス』を作ってもらいたいんだ」

「カルス? あの魔術師が使う武器か? 構わねえけど、なんで?」

「カルスって、たしか、表面に絵が描けたよな。プレイヤーの好きな絵が描けたと思うんだが」

「ああ、描けるよ」そこまで言ってアギトは、はっとなる。「おまえ、まさか! ……なるほど、そういうことか……。おい、死織さん。あんたもしかして、天才じゃないのか!?」


 死織は不敵に笑った。

「とりあえず、明日の準備を終わらせよう。おそらくここに全員、これからずっと集まっているわけには行かねえと思うから、準備が終わったら、軽く前祝というこや。陽炎はしばらく帰ってこないと思うから、来るのはあと一人ってことになるけど、ぱぁっと楽しもうぜ」





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