第80話 凄腕のウェポン・メーカー


 死織とエリ夫は、陽炎に教えてもらった武器屋を目指して、マップ画面をたよりに、古都ラムザの裏通りを抜けていた。細かい階段や、細道を抜け、建物と建物の間の狭い路地を進む。


「それにしても、ヒチコックちゃんの話なんですけど」

 エリ夫が唐突に口をひらく。ずっと聞きたくて聞きたくて仕方なかったらしい。だいたいの概要は話したが、彼としては気になることがまだまだあるのだろう。


「おう?」

 死織はしずかに話をうながす。


「ベット・システムで賭けに敗けて借金抱えると、システム的にどうなるんですか? 所持金ってマイナスになるんですよね?」


「そうだな。普通はあまりつかわないが、負債システムってのがある。これはもともとは、高い武器を買うときなんかに、所持金がたりない場合、仲間に頼んでGを借りることができるシステムなんだ。負債システムが発動するのは、人に借金するか、ベット・システムで敗けて負債を抱え込む場合がほとんどだ。で、借金があると、稼いだGは自動ですべて返済に充てられる。が、それじゃあ武器も弾薬もアイテムも買えないので、相手から一部Gを返してもらって活動することになるな」


「へー、そんなシステムがあるんですね。知らなかった」

 エリ夫は感心したように、うなずく。


「普通は使わないからな。ベット・システムだって、所持金の以下の金額で賭けるのが常識だしな」

 死織は小さくため息をつく。

「負債を抱えた場合、プレイヤーはその相手に対してかなりの制限を受けることになる。ひとつは、クエスト制限で、受けられるクエストが、債権者の主催したクエストだけに制限される」


「つまり、それは……」


「ロレックスが受けたクエスト、もしくはロレックスが主催したクエストしか、ヒチコックは受けられなくなる。だから、連れていかれたわけだ。つまり、クエスト受けてとっとと借金返さないと駄目だよってルールなんだ。ただし、制限受けるのはクエストだけで、戦闘に関しては自由にできる。が、戦闘で得たGは優先的に債権者ロレックスのものとなる」

「なかなか厳しいですね」


「ああ、あともうひとつ制限がある。当たり前と言えば当たり前だが、債務者は債権者をプレイヤーキルできない。つまり、ヒチコックはロレックスを殺して借金を消すことが出来ない」

「うーん、となると、たとえば死織さんなら、どうなんですか?」

 死織はにやりと口元を歪めた。

「殺せるよ。場合によっては、それで解決するという選択肢も考えている。だがな」

 死織は言葉を切って、前を向いた。


「そのロレックスって男は、ヒチコックを騙してGを巻き上げた。中学生から、賭博でだ。俺はどうにも、それが許せねえ。だから、そのロレックスってのを、奴がやったのと同じように騙して、そいつ本人からGを巻き上げ、それでヒチコックの借金を返してやるつもりなんだ。そのイケメン野郎に、吠え面かかせてやりたいんだよ。だから、その俺の計画に、エリ夫、お前も是非協力してもらいたいんだ」

「ええ、もちろんですよ、死織さん」

 エリ夫が力強くうなずく。その頭の向こうに、死織たちが目指していた武器屋『グラントン武器商会』の大きな看板が見えていた。



 グラントン武器商会はさすがに大きな武器屋だった。広いフロアに一面武器武器武器の武器三昧。壁に武器、棚に武器、ショーウィンドウに武器。天井からも武器が吊ってある。ところせましともの凄い数の武器が並べられていて、そのさまはまるで武器博物館。もしくは、武器動物園の武器山である。


 手裏剣や剣山からはじまって、鉄球、鎖鎌、トマホーク。剣、刀、長巻。脇差、小太刀、刀子。槍、矛、戟。盾、籠手、安全靴。兜、鉢巻、ハンチング。鎧、アーマー、鎖帷子、レオタード。

 とにかく武器も防具も、なんでもある。


「なんでもあるなぁ」基本武器屋に用のない死織は、店内をぐるりと見回して感嘆の声をあげる。

「なんで万年筆があるんですかね?」

 ショーウィンドウに並んだペンを見つめて、エリ夫が首を傾げる。

「それ、あれだろ」死織は思い出して答える。「先からびゅって毒液だす万年筆。スペツナズ万年筆」

「そんな武器まであるんですか」

 絵筆しか持ったことないエリ夫はしきりに感心していた。が、買う気はまったくない様子。


「おっと。感心している場合じゃないぜ」死織は周囲を慎重に見回した。

 奥の壁。ピンでとめた紙切れが何枚も貼ってある一角。そこに立って、首をひねりながら考え込んでいる人物をみつける。おそらくあれが、死織の目当ての男性であろう。


 死織は床板をヒールでかつかつと鳴らしながら、わざと足音を響かせてその男に近づいた。

 脇に回り、彼の視界に入るよう首を伸ばして顔を合わせる。

「こんにちは」笑顔で声をかけた。

「あん?」

 男は不機嫌そうにリアクションする。


 背の高い男だった。身体は華奢でひょろっとしている。髪はモヒカン、歯は出っ歯。丸縁眼鏡をかけており、服装はヘビメタ柄の黒ティーシャツに黒革のライダース・ジャケット。手には黒革の鋲つきグラブ、足にはブーツ。なんか世紀末の雑魚みたいな男であった。


「あんたが、アギトさん?」

「ほお、おめーさんが、噂に高い死織さんかい? 聞いたぜ。ドラゴンだかドラキュラだかを素手で倒したっていうじゃねえか。陽炎の旦那から、話はうかがってるぜ」

「……陽炎の旦那? あのひと、結婚してるんですか?」

 エリ夫が首を傾げるが、死織は無視して続ける。


「なあ、アギトさん、頼みがあるんだ。騙されて大金巻き上げられて、捕まっちまった仲間を助けたい。そいつを救い出すために、なんとか俺に力を貸してくれないだろうか? 礼ならはずむ」


「ああ、やぁ……。力を貸すのはいいが……」アギトは困った顔で肩をすくめた。「俺にはなんの力もねえ。協力するったって……」

「ああ、大丈夫だ。戦ってくれってわけじゃない。あんたには、武器を作ってもらいたいんだ」

「ん?」

「凄腕のウェポン・メーカーだって聞いてるぜ」

 死織はにやりと笑った。



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