第75話 なんて幸運なんだ!


 モルガンの身体が回転しながら、落下してきた。

 まるで、ドリルの断頭台だった。真下に立っていれば、身体は血しぶきをあげて挽き肉にされてしまう。


 →↖G!


 エキストラ・ホールド! 翻身雲手ほんしんうんしゅ


 死織は両腕で、太極図を作るように円を描いた。コマンドが難しく、受付がシビアなホールド技!

 間一髪、突っ込んできたモルガンの全身ドリルを、いなして受け流し、身を一回転させて円環と螺旋によってその回転力を相殺し、そのまま双掌打!


 力のベクトルをやわらかく逸らされたモルガンの身体へ、その勢いを回転ターンによって増幅させた死織の両掌が、光属性の発勁を伴ってヒット! 鐘楼の大鐘が割れるような衝撃波とともにモルガンのドリルが砕け散る。

 砕けた翼膜の破片が、ちいさなコウモリとなって舞い散ろうとするが、死織の打撃が効いていて、殺虫剤を受けた蚊の群れのようにパタパタと落ちてゆく。


 翼を砕かれ、中途半端に宙に浮くモルガン。敵は空中、背後は取れている。この間合いなら……。

 できるかどうか分からねえが、こうでもしなけりゃ勝ち目はねえ!


 →↘↓↙←↖↑↗→P+G↓↘→↗↑P+G←↖↑↗→↘↓P+G!


 死織は跳躍し、上空にいるモルガンの背中に抱き着いた。敵の脇から腕を回し、同時に破損した両翼の骨も封じる。


 ──飯綱落いづなおととし!


 死織の身体がドライバーのように回転し、モルガンの肢体を抱きしめたまま天井ちかくまで上昇。そこから弧を描いて、ドリルのように高速ロールしながら、頭から真っ逆さま、急降下してモルガンを床に叩きつける! インパクトの直前離脱した死織は、後方回転して綺麗に着地。


 ──やった!


 だが、振り返る死織の目には、着弾地点に出来た巨大なクレーターの中から、ゆっくり砂ぼこりを払って立ち上がるモルガンの姿が映る。邪悪なヴァンパイアは赤い眼を憎悪に燃やしてこちらを睨みつつ、気合十分に立ち上がってくる。


 超高難易度のコマンド投げを成功させた喜びや、敵のHPゲージを半分まで減らせた安堵感もすべて吹き飛んでしまう、モルガンの不死身ぶりだった。


 ──あれくらって、立つか? ふつう!


 ぞっとした恐怖が背筋を這いあがると同時に、だがしかし、死織の身体はぞくぞくする興奮に血が湧きたっていた。


 ──あれ、喰らって立つかよ!


 相手の強さに、興奮する。こんな化け物みたいに強いやつと戦えるなんて……、

 格闘ゲーマーにとって、これほどの幸福があるだろうか!?


 ──俺はなんて幸運なんだ!


 飛び出して旋風斧鉞ふえつ脚! →→K+G!

 大きく跳躍してからの、上からの回し蹴りが、モルガンの頭上に雷霆らいていのごとく落ちる。


 綺麗に身を翻したモルガンのストレート・パンチ。切れも伸びも抜群。技硬直のきれない死織のこめかみを打ち、つなげて放たれるモルガンのハイキック。

 モルガンの長い脚が、鋭い体幹の切れでもって、シャープに弧を描く。が、これはガードできる。足が長い分、射程は長いが防御に余裕がある。

 大技のハイキックをガードできたら、こちらが有利。死織はすかさず返しのパチでもって拳を突き出……、さずに←G! モルガンの肘打ちをホールドで掴む!


 ハイキックをガードさせてからの反撃を、出が早く威力の強い肘打ちで、カウンターをとって潰すのがモルガンのパターン。


「てめえの『コンボ池袋サラ』なんぞ、なんども喰らわねえ!」







〈作者註 『コンボ池袋サラ』~バーチャファイターのプレイヤー「池袋サラ」氏が見つけた連携。パンチ、ハイキック、肘打ち、膝蹴りとつなげるだけ。ハイキックをガードして手を出すと、確実に肘打ちがカウンターで入り、膝蹴りで浮かされる。単純だが、知らない相手には面白いくらいに入る強連携〉



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