第76話 俺にはこれしかない


「てめえの『コンボ池袋サラ』なんぞ、なんども喰らわねえ!」

 雲手で受け流して、崩しを入れる。がくりとバランスを崩すモルガンへ、拳打をぶちこむ。

 !

 ガードされている。が、構わず2撃目。これもガード。いつもならここで肘(→P)にいくところだが、いやな予感がして死織は連撃を止める。やはり死織の連携コンボを読んでいたモルガンが、死織の肘を掴むべく、長い爪を伸ばしてきている。


 くうを掻く、モルガンの手爪。

 コンボをわざと止めた死織は、タイミングを外してパンチ! 綺麗に入る。クリティカル・ヒット! そしてそこからのハイキック!と見せて……。

 上げかけた蹴りをGボタンのモーション・キャンセルで瞬時に戻す。くうを打つ膝蹴りみたいな不発モーションだが、格闘に興奮したプレイヤーは思わず、身体が勝手にガードを取ってしまうものだ。


 ガード体勢を取って固まってしまったモルガンの下半身へ、死織は高速タックルをぶちかましていた。

 →↘↓↙←↖↑↗→P+G!

 ──これなら、どうだ!!


 モルガンの下半身に抱き着いた死織は、相手の両膝を、両腕でがっちりホールドすると、

「ふぅぅぅぅぅぅーーーーーーん!」

 と大きな唸り声をあげる。


 柔道の諸手刈りみたいに両脚を抱えあげられたモルガンの上体が後方へ倒れ、その頭部が床に着かないうちに、死織の身体はその場で力強く回転を開始した。


「あっ……」

 モルガンが声をあげたが、もう間に合わない。ヴァンパイアの下半身をがっちりホールドした状態で、死織がぐるりと高速回転を開始したのだ。


 ジャイアント・スイング!!


 相手の脚をつかんで、3回転半の高速回転を行う大技。これを喰らった者は、強烈な遠心力からくるマイナスGを脳に受け、血流が眼球に流れ込んで景色が赤く染まる『レッドアウト』という現象を引き起こすという。


 ──てめえのその赤い眼を、てめえの血で、さらに真っ赤に染めてやるぜ!


 死織はモルガンの脚を掴んだまま、大きく1回転! そして2回転! もひとつおまけに3回転!

 モルガンは声も出せずに腕を伸ばしている。回転は勢いがつく3回転目がとくに速い。


 死織は強烈な回転モーメントと蓄積された遠心力を、一瞬で投擲力に変換して、モルガンの身体をステンドグラスに向かって、砲弾のように撃ちだした。

 半失神の状態で壁へと弧を描いたモルガンを追って、死織は全力で走り出す。


「これからが、本番だ!」


 錐揉みしながらステンドグラスをぶち破ったモルガンは、教会の外へ飛び出し、それを追って死織も空へ飛ぶ。

 放物線を描いて落下するモルガンの肢体へ飛び掛かった死織は、躊躇なくPとKのボタンを連打した。


 拳拳拳蹴蹴蹴拳拳拳拳蹴蹴蹴蹴拳拳拳拳拳蹴蹴蹴蹴蹴拳拳拳拳拳拳蹴蹴蹴蹴蹴蹴拳拳拳拳拳拳蹴蹴蹴拳拳拳拳蹴蹴蹴蹴拳拳拳拳拳蹴蹴蹴蹴蹴拳拳拳拳拳拳蹴蹴蹴蹴蹴蹴拳拳拳拳拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴拳蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴蹴っーーーーーーーーー!!!!!!



 これぞ伝説の空中技『エアリアル・レイブ』!

 高速で撃ちだされる死織の拳打と蹴撃が、モルガンの身体を撃ち抜き、高速稼働するミシン針のように突き刺し突き刺し突き刺し、そして突き刺し突き刺し突き刺しまくる!


 襤褸切れのようになったモルガンはそのまま地上へと落下してゆき、死織はヴァンパイアの破れた翼を広げてパラシュート代わりにしてモルガンの上に着地する。


 ちいさく後方へジャンプし、ゆっくり構えを解いた。

 不死身のヴァンパイアのHPゲージは、いまや完全に赤く染まり、その残量がゼロであることを示している。


「モルガン、おまえが弱いわけじゃないぜ」

 死織は荒い呼吸で、ひとりつぶやく。

「ヴァンパイアとクレリックじゃあ、クレリックに分がある。そして、俺は、格闘では誰にも負けない。なにせ俺には、これしかないからな」



 もうモルガンは、起き上がらなかった。

 ぴくりともせずに大地に横たわるどエロいコスチュームのヴァンパイアは、やがて細かい光の破片となって爆散し、きらきら光りながら朝焼けの空へと昇天してゆく。まるで、邪悪なヴァンパイアの魂が、その罪を洗い流され、昇華してゆくようだった。


 ファンファーレが悲しく鳴り響く。

『死織さんがLV9になりました。「ヴァンパイア・ハンター」の称号を獲得しました』


 すでに夜明けが来ていた。

 空は、焼けるような朝日に焙られて、血潮のように赤い。


 ヴァンパイア・ハンターたちの、ダイ・ハードな夜は終わったのだ。



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