ヒチコックは、躊躇なくトリガーを引く

第56話 クロス・クォーター・バトル~狭い場所での銃撃戦


「もう」

 暗闇の中、突然自分に噛みついてきたカエデの口に銃を突き込んだヒチコックは、相手にばれないように、そっと左手でハンマーを起こした。


 ヒチコックは寝るときは、黒いスエットの上下に革ベルトを装備したコスチューム・セットを使用している。そしてそのときは、ベルトにはかならずホルスターを通して銃を装備しているのだ。つまり、丸腰で寝ていないのである。

 ただし銃は、暴発防止のためハンマーはコックせず、ハーフ・コックという安全な状態にしてある。つまり、実はハーフ・コックからフル・コックへとハンマーを起こさないと撃てない状態なのであった。


「いくらあたしが可愛いからって、食べちゃうとか、そういうのは無しにしてくださいよぉ、カエデさん」


 そして、躊躇なくトリガーを引く。

 なぜ、ここにカエデがいるのか? どうして自分に噛みついてくるのか? いろいろと疑問はあるが、いまは撃つべき時。

 なぜなら、ヒチコックの視界は『戦闘モード』に切り替わっており、上端にはエネミーとして『カエデ』の表示があったから。

 ヒチコックはトリガーを引いた。


 暗い寝室に激しい銃声が轟き、銃火が閃く。カエデは人間離れした反応でその銃撃を躱し、壁際まで跳躍した。


 当たらなかった!? そんな疑問を感じつつも、ヒチコックはベッドの上を転がり、ドアへ走る。外へ逃げると見せて振り返り、背後から飛び掛かってくるカエデの土手っ腹に銃弾を撃ち込む。

 ガンっ!


 カスピアン・カスタムが吠え、激しく稼働したスライドが空薬莢を飛ばす。確実に着弾させ、倒れたカエデへさらに銃口を向ける。


「どういうことですか? カエデさん」

 撃っちゃってから訊くのもなんだとは思うが、ヒチコックはガンナーである。撃たれるまえに撃ては、宇宙の掟なのだ。


 床に伏したカエデは、カーペットの上に血を流しながら、それでも普通に立ち上がる。ダメージがあるようには見えない。HPゲージも短くなっていない。

「え?」

 ──効いてない?


 ヒチコックは内心怯えて、後ずさる。銃が……効かない!?



 カエデは嬉しそうな笑い声を立て、ゆっくりと前に出る。


「無駄な抵抗はやめなよ、ヒチコックちゃん」

 開いたカエデの口から、長い牙が覗いた。目が闇の中、赤い光を放っている。

「このホテルは、いや、この街すべてが、すでにあたしたち闇の軍勢の手に落ちているんだ。今更どう足掻いたって、ヒチコックちゃんに勝ち目はないよ。それに……、あたしたちヴァンパイアに、……銃は効かない」


 ヴァンパイア! 吸血鬼のことっすか!


 ヒチコックはぎょっとして、カスピアン・カスタムの銃口をカエデの顔に向ける。

 ヴァンパイアは、アンデッド系の上位種であるから、たしかに銃は効かない。

 銃が効かない相手にガンナーは無力。ならば……!


 ヒチコックはカエデの顔面に銃撃して目くらましをすると、そのまま踵を返して寝室の外に飛び出した。

 ──銃が効かないなら、逃げるしかなーいっ!


「見よ! あたしのこの、逃げ足の速さをっ!」

 わざと叫んで廊下に出る。しかしまっすぐ出口へと向かわず、反対側に走って一番奥のドアに飛び込んだ。

 そこはウォークイン・クローゼット。ドアをしめ、そばに置いてあったイスを取る。万が一の用心だといって、死織が置いておいたイスだ。



『もし敵が室内に侵入しきたら、とりあえずこのウォークイン・クローゼットへ逃げ込め。そしてこのイスでドアを抑えろ。ホテルのドアは必ず内側に開く。ドア・ノブにイスの背もたれをひっかけて、イスを斜めにつっかえ棒かわりにすれば、ドアは外から開けられなくなるんだ』



 ヒチコックは、死織が教えてくれた通りに、イスをドアに噛ませてつっかえ棒にし、そのまま反対側のドアへ走る。


 外からドアを開けようと、カエデがノブをがちゃがちゃやって叫んでいるのを背中に聞きながら、反対側のドアをあける。

 ここは、ウォークイン・クローゼットである。片方のドアは廊下の奥につながり、もう一方のドアはエントランスへと続いていた。

 ヒチコックはそっちのドアからエントランスに飛び出すと、入口ドアを開けて外廊下へ逃げ出した。



 廊下に敵はいない。廊下のむこうの直通エレベーターは、この階に止まっていた。カエデが乗ってきたからだろう。

 ヒチコックは一度深呼吸して自分を落ち着かせると、スタート画面からコスチューム選択をして、いつものスタイルにコスをもどす。

 黒い軍服。長袖ワンピース。スカートの裾は膝丈。腰のベルトにはビキニ・タイプのホルスターと、シングルのマガジン・ポーチ。

 なんか、この格好になるだけで、気持ちも戦闘モードに移行できる。


 気分一新したヒチコックは、手にしたカスピアン・カスタムのマガジンを引き抜いて残弾を確認すると、躊躇なくマガジンを交換した。変なタイミングで残弾切れを起こしてもらいたくない。

 残弾ゼロになっていない状態でマガジン・チェンジしているので、薬室に1発。スライドも後退位置でストップしていない。装弾数は最大の8発!


 そうか。残弾が無くなる前にマガジン・チェンジすれば、後退位置でストップしたスライドをもどす作業が省略できて、そのまま撃てるのか。あと、装弾数も、最大の8発になる。

 あ、いけない。また戦闘中に撃った弾の数を数えるのを忘れていた。注意しないと……。


 その瞬間、背後でドアが勢いよく開いた。

 ばっと振り返って銃口を向ける。


「あたしっ!」

 ナース服のイガラシが両手を上げる。

「銃声がしたけど、いったい何があったの?」


 ヒチコックは銃をもったままイガラシの顔にとびついた。

「わぷっ!」

 悲鳴をあげるイガラシの唇に指をねじこみ、歯並びを確認する。


「牙があるっ! ヴァンパイアだねっ!」

 飛びすさって銃をむけるヒチコック。


「八重歯だからっ! 八重歯っ! ほらっ、片八重歯だから、片方しかないでしょ!」イガラシはびっくりして口を「いーっ」っとし、歯列をさらす。「目だって、赤くないから」


「あ、ほんとだ」

 ヒチコックはのぞきこみ、納得する。

「ごめん、イガラシさん」

「いいよ。それより、ヴァンパイアが襲ってきたの? いま? もしかして部屋の中に……?」

「いる。倒せてないから、すぐに出てくると思う」

「嘘でしょ」イガラシは一瞬天を振り仰ぐ。

「こんな街中で、しかもホテル内でしょ。こんなところにヴァンパイアが、っていうかダーク・レギオンが襲ってくるなんて……」

「とにかく逃げよう」ヒチコックは提案した。「いまなら、エレベーターも上に来ているし……、って、えーーー!」


 彼女が振り返ったちょうどそのとき。エレベーターの表示パネルに「↓」のランプがともり、エレベーターが動き出していた。


 まずい! エレベーターが、行ってしまった!


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