ダーク・ストーカーは静かに忍び寄る

第55話 食べちゃおう


 あたしは指示された部屋の前に立った。

 ウィスティン・ホテル、最上階のスイートルーム。あいつらが宿泊している部屋。


 外廊下はランプに照らされて明るい。床には厚手の絨毯が敷き詰められ、意識せずとも足音を消してくれる。だが、なぜだろう。自然と足運びは忍ぶように潜むようになってしまう。

 だいじょうぶ。相手はあたしに、気づきもしないさ。余裕をもって近づき、的確にその喉元を喰い破るのみ。簡単な仕事だ。


 なにせ標的は、女子中学生。いまごろきっと、間抜けに大口あけて、フカフカのベッドでグーグー寝ていることだろう。


 扉にちかづき、一応耳を澄ます。気配をうかがい、ドアノブにかけた手に力を入れた。

 カチャリと、音がしてノブが回る。その音が案外大きくて焦るが、躊躇はしない。するりと室内に入り込んで、奥へ向かう。



 いまのあたしには、ホテルのマスターキー認証が与えられており、すべての部屋に自由に入り込む権限がある。その権限を十二分に発揮し、最上階スイートルームへと侵入した。ランプが点けっぱなしになっているリビングを慎重に抜け、油断なく奥の寝室を目指す。



 一度止まり、耳を澄ます。奥の書斎に誰かいる。そっと近づき、かすかに開いたドアの隙間から中を確認した。

 小柄な女が書棚の本を顔の上に開いて乗せたまま、安楽椅子で眠っている。女のコスチュームは白衣。ミニスカ・ナースはたしかイガラシとかいうプレイヤー。LV5の召喚士。

 こいつも始末しなければならないが、いまのターゲットはこいつじゃない。

 あたしは、眠りこける間抜けな召喚士を起こさないように、そっとその場から立ち去ると、奥の寝室を目指した。


 室内の明かりは基本的に点いている。死織が帰って来た時のために点けっぱなしにしているのだろうが、おあいにく様。あのエロ・クレリックはここにはもう帰ってこられない。

 あたしはにんまりと笑いながら、ドアが開けっ放しの寝室を確認し、そこが未使用なのを見て、ターゲットがさらに奥の寝室にいると確信した。



 足音を忍ばせ、ドアに近づき、そっとノブを回す。

 室内は暗かった。

 ランプの灯は消され、まどのシェードも中途半端に閉められている。月光だけが、かすかに室内を照らしていた。


 通常ならかなり暗い。だが、暗視能力のある今のあたしには、充分な明るさだ。後ろ手にドアを閉めて、ふたつ並んだベッドに近づく。

 窓際のベッドに彼女はいた。


 上掛けの中で、ちいさく丸まって眠っている少女、ヒチコック。ガンナーにして、女子中学生。彼女の姿かたちはリアルの肉体データであるから、この身体も顔も、本来の彼女のものだ。ちいさくて、細くて、とっても愛らしい。

 すーすーと寝息を立てる彼女に近づき、ゆっくりと顔をのぞきこむ。

 まん丸い頬。白く細い首。

 ヒチコックはパジャマ代わりの黒いスエットに着替えて、子供らしい寝顔で横になっている。

 あたしはベッド・サイドに回り込み、噛みつきやすい角度を確保すると、ゆっくり彼女にのしかかり、その白い首筋へ、大きく口をあけて、かぶりついてゆく。

 彼女の体温が味覚として感じられるようだった。

 あたしは、思い切って、開いた顎をがぶりと閉じる。長く鋭い牙を彼女の首筋に勢いよく突き立てた。


 ガキッ!といやな感触が歯に響く。なにか固い物を噛んでしまったようだ。冷たく尖った舌ざわりと、油の味。焦げたような匂い。

 あたしは、顔をしかめ、自分がかぶりついた物を、目を寄せて確認した。


 黒くて四角い鉄の塊。自動拳銃だった。あたしの口のなかに、拳銃の銃口が突っ込まれていた。



「もう」

 枕の上からヒチコックの目がこちらを見上げて笑っていた。

「いくらあたしが可愛いからって、食べちゃうとか、そういうのは無しにしてくださいよぉ、カエデさーん!」




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