第57話 強敵ヴァンパイア


 エレベーターが行ってしまった!


 まずい。ここからは、直通エレベーターでしか下りられないし、その直通エレベーターが下で呼ばれているということは、だれかが上がってくるつもりということだ。この場合のその誰かが味方である可能性は極めて低く、敵である可能性は限りなく高い。


「え……、どうしよう」

 イガラシも事態に気づいたらしい。青い顔で立ち尽くす。

 が、ヒチコックは躊躇しなかった。

「どりゃぁぁぁーーーーー!」


 気合とともに短い廊下を全力疾走。そのままの勢いでエレベーターのドアに渾身の飛び蹴りをかました。


 ポーン!


 電子音が響き、さっきまで「↓」だった表示が、「↑」に変わる。

「よしっ!」

 小さくガッツポーズ。


「え? どうして?」

 駆け寄ったイガラシが目を丸くして、変わってしまった表示を見上げる。


「えっへん。エレベーターはですね、振動を感知すると、最寄り階に止まる機能があるんです。いまの衝撃を地震と勘違いしたエレベーターは、いちばん近いこの階にもどってきてくれたんですよ。でも、良い子はマネしちゃダメです」


「なるほどぉ」

 と感心するイガラシの背後で、勢いよくスイートルームの扉が開いた。

 中から憤怒の表情のカエデが飛び出してくる。その左手には、カエデのメイン武器『マジック・バトン』が握られていた。


「やばい」

 つぶやいたヒチコックは、カスピアン・カスタムを向けると腰を落とした半身両手保持ウィーバー・スタンスで3連射した。


 45口径弾の衝撃は激しい。3連撃を喰らったカエデは、思わず後方へのけ反って、打ち倒される。ダメージがないとしても、着弾のノックバックは相当なもの。

 ヒチコックとイガラシは、カエデが尻餅をついている間に、開いたエレベーターのカゴに飛び乗って『蝶々』を押した。



 ドアが閉まってほっとしたところで、慌ててヒチコックは行き先階ボタンの『大浴場』を押す。『ロビー』では、敵が待っている可能性が高いし、それよりも大浴場に行った死織と、いまは一刻も早く合流したかったからだ。


 ただ、いまだに死織が部屋に戻ってきていないというのも不安だ。まさかとは思うが、何かあったのかもしれない。


「イガラシさん、やっぱヴァンパイアって、ダーク・レギオンなんですか?」

「ええ、そうよ。あいつらはプレイヤーを吸血することにより、自分たちの眷属として自由に使役することができるの。それを解除するには、特殊アイテムか、元になるヴァンパイアを倒す必要があるわ」

「うへー、厄介な敵ですねぇ。味方がつぎつぎ敵になっちゃうってことですよね」

「なんとか、今夜のうちにとめないと」イガラシは悔しそうに唇を噛む。「たいへんなことになっちゃう。下手すれば、この街すべて、ヴァンパイアにされかねない。そんなこと、絶対にさせるわけにはいかないよ」


「うーん、でも」ヒチコックは眉尻をさげた。「残念なお知らせがあります。カエデさんは、あっ、カエデさんってのは、さっきのヴァンパイアなんだけど、そのカエデさんが言うには、街はもう、あたしたちが制圧したって……」


 イガラシはしずかに両目を見開く。

「そんな……」


「とにかく、いまは死織さんと合流しましょう」

 ヒチコックはエレベーターの階数表示を確認する。大浴場はすぐ下だから、すぐに着く。

「死織さんならなんとかしてくれますって。あの人は凄いんだから。ピコの村ではたった1人で100匹のゴブリンを撃退したし、ドスレの村では飛竜をやっつけたんだから。あっ、やっつけたのはあたしか……。でもっ! 今回も死織さんは、敵が襲ってくることを予感していたみたいだから。きっとまた、なんとかしてくれますって!」


 ポーン!と電子音が鳴って、エレベーターが大浴場の階についた。


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