第53話 大浴場で大欲情


 『ハルマゲドン・ゼロ』のゲーム・キャラクターは、所持している衣装の組み合わせをパターンとして何種類も登録でき、スタート画面からワンクリックで、任意のパターンの衣装に着替えることができる。


 通常は赤いチャイナ・ドレスの死織だが、ほかにも白いチャイナ・ドレスとか、青いチャイナ・ドレスとか、いくつかのパターンがあり、室内で寝るときなんかは、ラフな格好を選択する。

 で、そのコスチューム・パターンのなかにデフォルトでこういうモードがある。


『ヌード・モード』


 いわゆる全裸の状態だ。

 通常はロックがかかっていて、このヌード・モードになることはできないが、いくつかの例外があり、その代表が浴室である。当たり前だが。

 浴室では、だれでも全裸になる。が、浴室やシャワー室には、1人で入るもの。他のプレイヤーの全裸をみることは、できない。唯一の例外が……、そう! 大浴場である!



 『ハゲゼロ』には元々は大浴場などというものは、無い。が、たまに、自動生成される露天風呂やホテルなどには、それが存在する。いや、してしまう。これは開発者の須野田乱人の想定の範囲外であり、いわゆるバグという噂であるが、真意のほどは定かではない。


 ともあれ、こんな大きなホテルの大浴場に、行ってみないという選択肢はないのだ。

 そこは、裸の女性の園であり、男性プレイヤーにとってはパラダイスである。

 もっとも、死織みたいに『実は中の人は男』であったり、女性だけど『完全に作られた身体』であったりするから、見たまますべてを信じるわけにはいかない。しかーし! 中にはヒチコックやカエデのように、間違えて生のままの肢体でログインしてしまい、うっかりとこの大浴場で生まれたままの姿を晒してしまっているという『すき』のある女の子もいるはず。そんなエロいシチュエーションがないとは言い切れないのだ!


「うっしっしっしっしっ」


 大浴場『女湯』の扉を、宿泊者認証で通過した死織は、男の永遠の憧れ、女湯に突入した。

「大浴場で、大欲情。なんちって」

 一人でうまいことをいいつつ、脱衣所を見回す。

 女湯の脱衣所があまりにも綺麗なことに死織は驚く。男湯とは雰囲気があきらかにちがった。これが男子禁制の『女湯』というものか。


 ふと見ると、脱衣篭のひとつに黒い衣装が畳まれて入っている。

 これはゲームの演出なのだが、シャワー・ルームなどでヌード・モードになった場合などでも、脱衣所のハンガーに脱いだ衣装が、ストレージの中からランダムに表示される。ここでは、脱衣篭の中に表示されるということか。

 つまり、1人、入浴者がいる、ということだ。


 しかし、たった1人とは案外空いている。この時間帯、女子の展望風呂に1人しかいないなどということがあるのだろうか? 死織は落胆と同時に、なにか違和感みたいなものを感じた。

 が、いまはその、たった1人の入浴者を大事にしようと心に誓う。全くいないより、1人でもいてくれるのだから、ありがたいことだ。

 その1人が美人だといいのだが。



 期待に胸を膨らませながら、設定画面を呼び出す。普段は反転文字になっていてクリックできない『ヌード・モード』を選択。死織はみずから、一糸まとわぬ、すっぽんぽんの全裸になった。


 脱衣篭を見ると、死織の衣装が畳まれて入っているのだが、それはいままで着ていた赤いチャイナ・ドレスではなく、ストレージに格納されていた黒ビキニだった。ランダムとはいえ、変な物が表示されている。


 ヌード・モードになった自分の姿を、確認のため鏡に映してみる。

 細い腕と薄い肩。豊かに盛り上がっ乳房の先に、桜色の乳首。きゅっとくびれたウエストと、張り出した蜂腰。太く肉付きのいい太腿と、その間に黒く鮮やかな陰毛。

 ──うおっ、わが体ながら、エロい!


「これは、期待できますねえ」

 鼻の下を伸ばして、いざ洗い場へ。

 どきどきしながら、扉を開き、湯気に閉ざされた秘境へと足を踏み入れる。



 広い浴室内はかなり広く、大きな浴槽がふたつ、ちいさい湯船がいくつかあり、シャワーやカランがずらりと並んでいた。

 壁は一面がガラス窓。そこからは、いまは夕闇に沈み始めた古都ラムザの、ガス灯に妖しく輝く美しい夜景が見晴らせた。

 だが、人の姿はない。


 やはり、何かがおかしい。

 この時間、入浴に来ないプレイヤーがいるのだろうか? とくに女性プレイヤーが、せっかく宿泊したにもかかわらず、この見事な展望風呂を楽しまないなどということがあるのだろうか?

 死織は正直、この時間帯なら大浴場は大混雑していると期待、いや予想してやってきたのだが……。


 だが、そのとき、大浴槽の奥で、ちゃぽんという水の鳴る音が響いた。

 目を凝らすと、湯気のむこうに誰かがいる。女性のような滑らかな影がうごめいた。黒の衣装の持ち主だろう。


 死織は興味をそそられて、ゆっくりと近づいて行った。



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