第52話 ウィスティン・ホテル、最上階スイート・ルーム
村の宿屋もそうだが、ホテルの部屋にキーというものはない。すべてプレイヤー認証による開錠になる。
フロントで、宿泊者を登録すると、あとは部屋に行けばカギは開く。認証のない者がドアの前に立っても、カギは開かない。そういう仕組みだ。
死織たちはヒチコックについてフロントにいき、ゲストとして認証してもらう。
そのまま、太ったホテルマンが「ご案内いたします」と前に立って歩くのに続いて、エレベーター・ホールの奥まった場所にある、ちょっと豪華なエレベーターへ案内された。
これがスイート・ルーム直通の専用エレベーターである。一般客は使うことが出来ない。認証がないと、ボタンも押せないし、ドアも開かないらしい。
「?」
だが、その手前で、死織はふと背後を振り返った。
誰かの視線を感じたのだ。
さっとスカートの裾が柱時計の陰に隠れたように見える。白いヒラヒラのスカート。縁にビーズの飾りがあった。気のせいだろうか? はじまりの村で会った、長身魔法少女カエデのスカートに酷似していた。
彼女が来ているのか? 別に不思議ではないが、ではなぜ声をかけない? そして、カエデだとして、隠れる必要があるか?
死織はしばし様子をうかがったが、ヒチコックに「行きますよー」と声をかけられ、ふたたび歩き出した。
まあ、気のせいかもしれないし。
3人は、太ったホテルマンに促されて、専用エレベーターで20階まであがる。
エレベーターは、もう完全に現代バージョンで、近世ヨーロッパ風の古都ラムザの雰囲気はどこへやら、である。
押せば光るボタン。自動でしまるドア。ただし、内部の照明は天井の隅にかかるオイル・ランプのみ。天井はよく見ると鉄格子で、ランプの光が下向きでよく見えないが、エレベーター・シャフトの内部がうっすらと窺えるレトロな構造。この辺りは、案外センスがいい。
これは専用の直通エレベーターなので、スイッチパネルのボタンは、「1F」と「20F」あとは「展望バー」と「大浴場」しかない。それ以外は、扉の開閉ボタンだけ。「緊急」ボタンは当然ない。
案外高速なエレベーターで到着した最上階。
扉が開くと、目の前には落ち着いた内装の廊下がのびる。そして、その先にドア。それを開けてもらうと、エントランスがあって、さらに廊下。靴を脱ごうとするヒチコックを突ついて、死織とイガラシは先に進む。室内は太ったホテルマンが簡単に説明してくれた。
ツインの寝室がふたつ。ソファー・セットのあるリビング。書斎。シャワー・ルーム。バスルーム。バルコニーとそこにあるジャグジー。ウォークイン・クローゼットもあった。
すごい。まるで宮殿の一室だ。
すみに置かれた花瓶からして、美術館にあるような代物。
地上20階からの眺めも素晴らしく、夕暮れにガス灯がともる古都ラムザの街並みは、幻想的な絵画のようだった。
寝室を確認したあと、死織はちょっと外出しようと、リビングにいるヒチコックに声を掛けた。イガラシはすでに浴室に入ってしまっているようである。
ヒチコックはリビングで拳銃の練習を始めていて、抜き撃ちからの照準を繰り返していた。死織が近づくと、今度は片手リロードの練習を始める。
ホルスターに入れた状態で銃のマガジンを、右手で抜いて捨て、そのまま右手でマガジン・ポーチから新しいマガジンを抜いて装填する。
いちいちマガジンを捨てるので、そのたびにマガジンが消失し、装弾がストレージに戻る。そこから新しいマガジンが出現するまで10秒かかる。なもんだから、その10秒間はふたたび
死織はちょっとヒチコックを見直した。
『ハルマゲドン・ゼロ』の世界では、ガンナーは弱いとされていた。銃の弾がなかなか当たらないからだ。それに対するヒチコックの解答は、「練習して自分が上手くなればいい」であったのだ。
死織はなんとなく気づいていたのだが、ヒチコックは隠れて毎朝毎晩、拳銃の練習を重ねていた。
練習すればうまくなる。あたりまえの話だが、実際にやるのは難しい。
ヒチコックが、ホルスターから拳銃を抜きざま、ばっと振り返り、銃口で死織の額をポイントしてくる。
「いやー、新しい照準器には白いマークがついていて、狙いやすいですよぉ」
ほくほく顔である。
「いいから、人に銃口を向けるのはやめなさい」
「はーい」と言いつつ、ホルスターに戻して、ふたたび片手リロード。右手で
「ちょっと出かけてくるぜ」
「どこ行くんすか? 晩御飯どうします?」
「ちょっと風呂に行ってくる。ここの風呂じゃなく大浴場の方ね。晩飯は、さすがにラーメン二郎のあとじゃあ、いらねえかな。あれ食べたら、あと10年くらい食べなくてよさそうだぜ」
「あ、わかりました。あたしもおんなじです。……いや、あたしは3年くらいかな?」
ふたたび練習にもどるヒチコック。
「あれ?」
女子中学生は、振り返り、素直な疑問を口にした。
「死織さんって、大浴場って、女湯に入るつもりなんですか? それともちゃんと男湯?」
死織は、聞こえなかったことにして、そのまま部屋から出て行った。
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