第51話 カスタム・ガン


 テーブルの上にごんと置かれた銃は、以前のコルト・ガバメントとは、ずいぶん雰囲気の違う、なんか、超格好いい拳銃になっていた。

 どうやら、ヒチコックは、武器屋に銃を強化してもらいに行っていたらしい。



「カスピアン・カスタム・CQBスペシャルです!」


 死織とイガラシは、目をぱちくりさせた。

「ホントだ! すごいねー!」

 イガラシが嬉しそうな声をあげるが、こいつ絶対分かってない。


「CQBスペシャル?」死織は首を傾げた。「なんの略だ?」

「いや、知りませんけど、とにかく凄いって意味ですよ」

「知らねえのかよ!」死織は突っ込んだタイミングでふと思い出した。「あ、それ、近接格闘のことだろ。『メタルギア・リゾット』の用語であったぞ。クロス・クォーター・バトルの略だ」

「あ、きっとそれですよ」

 適当なガンマニアだな……。



 一応、改造前とのちがいを見つけようと、死織はヒチコックの銃をのぞきこんだ。


 前は第二次大戦中の戦車みたいな拳銃だったものが、いまはところどころエッジが立ち、なおかつ洗練された丸みも帯びた上、グルーブだの格子チェッカリングだのが増えている。なんかちょっとスーパーカーの『ランボルギーニ』っぽい。確かにこれは、近年の映画なんかでヒーローが持っている銃に近いデザインだ。

 あれ? ってことは、最近の映画で使われている銃って、ベースはガバメントなのか……?

 死織は首をひねる。



「あれれ?」死織は唐突に以前との違いに気づいた。「マガジンの下んところが、ぶっとくなってるな」

「これはですねえ」すかさず銃を手に取ったヒチコックが、右手の親指がくる場所にある丸いボタンを押す。と、銃把の中からいきなりマガジンが落下してテーブルの上にごとっ!と落ちた。「マガジンが落ちても壊れないようにするためと、あとは重りの役目をしてマガジンが落ちるんですよ!」


「マガジンが落ちると、なんかいいことあるのか? テーブルが傷つくだけだと思うが」

「ありますって。手でいちいち抜かなくて済むじゃないですか」

「マガジンをか? それ、ただの横着だろ」

「なにいってるんすか! すごい効果なんですから。あと、マガジン・キャッチ・ボタンもロングにして押しやすくなったし、安全装置セイフティー両手用アンビで左右についているし、ビーバーテイルで、リング・ハンマーで、ノバック・サイトなんですよ」

「うんうん、分かった分かった分かった」

 なぜだろう? 分かったと3回続けると、全然分かった風に響かないのは……。


「あと、スライド・ストップもロングなんで、手の小さいあたしでも親指が届くんですよ!」

「ああ、分かったから……」

「あと、リコイル・スプリング・ガイドもシルバーで超かっちょいいんです! これはですね──」

「ときに、ヒチコック、最上階のスイートは、取れたのかよ?」

「もちろん取れましたよ!」ヒチコックは急に自慢げに胸を張る。「ちゃんと教会の反対側にしてもらいました」


 死織の、見事なヒチコック操縦技術に、イガラシが小さく笑った。


「スイートルームはですねえ」ヒチコックは嬉しそうに解説を始める。「最上階の20階にあるんです。で、その下が展望バーで、さらにその下が大浴場らしいですよ。でもですね、展望バーよりもスイートの方が高い階にあるので、バーのお酒は出前──」

「ルームサービスな」

「──ルームサービスで運んでもらって、お風呂も、スイートルームには大きなバスルームがあって、さらにバルコニーにはジャングルジム──」

「ジャグジーな」

「──ジャグジーがあるから、大浴場にいく必要はないんですって!」


「大浴場の方が下の階になるんでしょ?」イガラシが目を輝かせる。「じゃあ、スイートのバスルームの方が眺めがいいね!」

「チェックインは何時からなんだ?」死織はカフェの奥にあるアンチークな柱時計に目を走らせる。

 すでに時刻は5時をまわっていた。


「3時からなんで、もうイケると思いますよ」

「んなら、早くいえよ。先に入ってたのに」

「ダメです! あたしが取った部屋なんだから、入るのはあたしが最初です。じゃあまあ、そろそろ行きましょうか?」

 反動をつけて立ち上がったヒチコックが、偉そうに死織たちを見下ろす。

「やったー」

「んじゃま、とりあえず」死織はどっこいしょっと腰をあげた。「ジャグジーで汗でも流しますか」

「いや、おっさんは駄目ですよ」

 ふいに真顔のヒチコック。

「え? なんで?」

「おっさんはあとです。女子が先」

「いや、俺も女子だし」


 ヒチコックは無言でホルスターから新型の銃を抜くと、死織の額に突き付けた。

「おっさんは、あと」


「はい」死織は両手を上げる。「おっさんは、あとですね」




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