第49話 有名らしいけど、よく知らないラーメン屋


 どーん!とカウンターの上に置かれたどんぶりには、山のように盛られた具が乗っていた。

 ヒチコックは「ああ」と小さく落胆の声をもらし、隣でおなじように山盛りの具のドームを見上げる死織をチラ見する。


 こちらを見た死織と視線が合う。2人して小さくうなずき合う。

 このとき、ヒチコックと死織の気持ちはひとつになっていた。



 ──あたしたちは、はじまりの村では100匹のゴブリンと戦った。ドスレの村ではあの巨大な飛竜を倒した。そして、ここ、古都ラムザでは、この超大盛りラーメンと戦うことになるのだ!



 ヒチコックは、ひとつ頷くと、箸をとり、その具材の山にかぶりついた。


 熱い。そして案外おいしい。いけるかもしれない。いや、いける! きっといける! キャベツ、もやし、分厚いチャーシュー。それらを支える土台ともいうべき麺、麺、麺! その下にさらに、麺、麺、麺ぇーん!

 濃厚なスープ。香り立つニンニク。コショウと脂。

 具をかきこみ、太い麺をすすり、からんだスープを味わう。山だ。これは野菜の山だ。喰らいつけ、咀嚼しろ、嚥下するのだ。一歩一歩のぼるその先に、頂上はある。必ずあるのだ。いつかきっと、この具材の山は消えてなくなる。そして、その下の麺、スープを呑み乾し……。



 ヒチコックの隣の席が空いた。

 新しい客が来て、腰を下ろす。小さい女の人だった。背は低いけど、巨乳。なぜか白衣を着ていた。頭にはナースキャップ。赤十字のマークが鮮やかだった。

 彼女は黙って長い茶髪をゴムで縛ると、ぶっきらぼうに店員にこう告げた。


「ニンニクチョモランマヤサイマシマシ」


 その言葉を聞いた死織が、ヒチコックの隣でカッとばかりに彼女を振り返る。

 白衣の女性は、イスの上で足を組み、カウンターに肘をつく。でっかいおっぱいがカウンターの上にどんと乗った。彼女はちらりと顔を向け、ヒチコックと視線が合うと、にやりと笑う。


 これが、ヒチコックと、召喚士イガラシとの出会いであった。






「いやー、あんなん全部食べられるとは思わなかったですよ」

 店を出たヒチコックがお腹をさする。

「ま、ゲームだからな」


「あんなにカロリー摂取しちゃったら、ちょっと運動して消費しないと、太っちゃうよね。さいきんお腹がぷにぷにしてて」

 一緒に外に出た召喚士のイガラシが、ぽんぽんとお腹を叩く。

「いや、ゲームだから、太らねえだろ。つーか、お腹のぷにぷにはキャラメイクだろ」


「イガラシさんは、よくこのお店にくるんですか?」

「ダーク・アースでは初めてだね。本物とちょっと味がちがうかな」

「味が重要なファクターのラーメンとは、到底思えないが……」


「ちょっと死織さん、言いたいことあるんなら、はっきり言ってくださいよ。そんな後ろからぼそぼそ突っ込んでないで」

 イガラシと肩を並べて歩いていたヒチコックは、後ろからついてきている死織を振り返って文句を言った。


「いや、おまえら、仲良くなるの、早くね?」

 立ち止まった死織は、頭の後ろで手を組む。チャイナ・ドレスがノースリーブなので、腋全開。大人の雑誌のグラビアでしか見ないようなポーズである。


「死織さん?」

 ミニスカ白衣のナース、イガラシは嬉しそうにほほ笑む。

「死織さんは、クレリックなんですよね。回復魔法は使えるんですか?」

「あ、ああ」死織はちょっとどぎまぎと頷き、上げていた腕を下ろす。

「じゃあ、今度いっしょにクエストこなしましょうよ。あたしは、こう見えて、ジョブは召喚士なんです」


「ほえー、召喚士!」ヒチコックはのけ反るほどに驚いて、イガラシのことを尊敬のまなざしで見つめた。「じゃあ、召喚魔法とか、使えちゃうんですか?」

「もちろん」

 イガラシは巨乳の胸を、えっへんと張る。ゆさっとなった。

 彼女は背が低く、ヒチコックと同じくらいしかない。でも、おっぱいは軽く7倍くらいあった。

「見せてあげましょうか?」イガラシが妖しく笑う。「いまここで」


「えっ? ここで出せるんですか?」

 ヒチコックは跳び上がる。驚きと期待がマックスに達する。

 が、死織はすこしあきれ顔。

「まあ、街中で魔法はマナー違反だが、召喚なら問題ないんじゃねえか?」

「わーい、すごーい。イガラシさん、ぜひ見せて下さいよ! 召喚魔法!」


 ヒチコックの声援に答えるように、イガラシはぱっと後退した。

「じゃあ、見せるわね。驚かないでよ!」


 彼女はその場で拳を突きあげると、腹の底から響く声で叫んだ。


「パァァァァァァーーーーグっ!!!」




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