死織はちょっと不満であった

第50話 本物の召喚魔法


 死織は嘆息して、召喚魔法を発動するイガラシを見下ろした。


「パァァァァァァーーーーグっ!!!」

 イガラシは拳を突きあげて、腹の底から叫んだ。

 瞬間、彼女の頭上に小さい魔法円が出現し、くるくると回って紫色の光輝を振りかける。イガラシの身体が、ぼうっと光を放った。


 白衣に包まれた彼女の白い肌が、あっという間にモフモフした毛皮につつまれ、その顔がくしゃりと潰れて、目が大きくなって左右に離れ、鼻が突き出して湿り、耳が頭上から垂れ、背がさらに低くなって……。


 そこには、白衣を着た、が立っていた。


「……………………」

 ヒチコックは、無言で立ち尽くす。


 死織がシリアスに口をひらいた。

「リアルな儀式魔術では、『召喚魔術』と『喚起魔術』って区別があってさ。『召喚』とは、自分の内側に悪魔なり精霊なりを呼び出すことをさし、『喚起』とは、自分の外に神なり天使なりを呼び出すことをさす。つまり、『召喚魔術』ってのは本来、自分の内側になにかを呼び出す魔術なんだ。これはゲームの世界の間違いだな。『当て身』の誤用と同じだよ。が、『ハゲゼロ』では、そこをきちんと本当の召喚魔術にしている。しかし、それを知らないプレイヤーが、たまに召喚士になっちまって、当然の流れとして、そののち速攻で教会にてジョブをチェンジしてもらうというミニ・コントを演じることになる」


「いやでもこれ、けっこう役にたつ魔術なんですよ」

 犬の姿のイガラシが反論する。

「肉球は可愛いし……」

「物を掴めないだろ」

「嗅覚は上がるし……。あ、あなたたち、最近ニンニク食べましたね?」

「くっその役にも立たない情報だな。おまえさんに至ってはマシマシで頼んでたじゃないか」

「いや、でもですね、この召喚魔術はいろいろと……」


「きゃ…………、きゃ…………、きゃ」

 ヒチコックが身を震わせてなにか言わんとしている。

 死織が怪訝な表情で振り返った瞬間、

きゃいぃぃぃぃぃぃーーー!」


 体当たりするように、ヒチコックがイガラシに抱き着いた。パグ犬を召喚して、足腰が強靭になっていたイガラシは、ヒチコックの身体をのけ反りつつも受け止め、後足2本だけでブリッジして、首に抱き着くヒチコックを支える。

「きゃーーー」

 わけ分からん悲鳴をあげて飛びついたヒチコックが、イガラシの毛皮に顔を埋めている。ぎゅーっと腕に力をこめてふるいつき、イガラシの毛皮に頬をこすりつけていた。


 死織は頭を掻いて嘆息した。

「ま、こいつには大好評みたいだな」




「でさ。なんでお前が一緒なわけ?」

「いいじゃないですか」

 イガラシは口を尖らせる。

「ヒチコックちゃんと仲良くなったんですから」

「だから、なんで仲良くなったからって、おまえが俺たちと一緒の部屋に泊まるわけ?」

「でも、死織さんとヒチコックちゃん2人でひとつの部屋に泊まるのこそ、問題ないですか? おっさんと女子中学生で」

「まあ、リアルなら大問題だな」

「法律に触れますよね」



 死織とイガラシはいま、ウィスティン・ホテルのカフェにいる。

 時刻はすでに夕方。薄暮のころ。

 窓の外では、煙突掃除のNPCがハシゴで街灯にのぼってガスの灯をともしている。


 室内でも、ホテルマンたちがランプをともし始めていた。

 たっぷりスペースの取られた受付ロビーと、ゆったりと広い併設のカフェ。

 あちこちで温かい明りがともり、ビロード張りのソファーが並ぶ贅沢な空間が、レトロな色調に輝きだしていた。


 インペリアル調の椅子。高い天井。ロウソクが揺らめくシャンデリア。

 腰を下ろすと、ずぶずぶとどこまでも沈み込んでいきそうなソファーの中で、死織とイガラシは、1杯10Gもするコーヒーを啜っている。


 彼らの今晩の宿は、豪華に、ウィスティン・ホテルの最上階スイート・ルーム。

 そこにヒチコックと死織、そして招待されたイガラシも宿泊することになっている。ヒチコックは部屋を予約すると、どこかに出掛けてしまい、チェックイン待ちで死織とイガラシがこのカフェで時間を潰しているという状況だ。



「でも、最上階スイートなんて、一泊1万Gくらいするんじゃないんですか? あの子、お金あるのかしら?」

 イガラシが心配そうにフロントの方を見る。

「まあ、いろいろあって、あいつ、金はあるから。だが、中学生にあんまり大金持たせちゃうと、それはそれで心配なもんだな……」

 死織が嘆息しつつ、コーヒー・カップに口をつける。ちょうどそこへヒチコックがもどってきた。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ、ふぉーーーっ!」

 バルゆうン星人みたいな笑い声をあげて、死織とイガラシの向かいのソファーにどすんと沈み込んだヒチコックは、自慢げに腰のホルスターから抜いた銃をテーブルの上にごんと置いた。


「見て下さいよ、カスタム・ガンにしてもらいましたからっ!」



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