死織・ザ・ドランカー

第26話 勝利の美酒


「じゃあ……」ちょっと照れくさげにみんなを見回したヒチコックは、手にした銀のジョッキを天井に向けて突き上げると、大声で叫んだ。

「かんぱぁぁぁぁぁぁぁぁい!」


「乾杯ーっ!」


 酒場ごと震えるような大声で、その場にいた全員が唱和し、杯を突き上げる。盛大な拍手と歓声。指笛がぴーぴーと高音をあげている。


 テッドの酒場に集まった村人全員と、キャラバン隊。椅子が足りなくて、火炎瓶に中身を使ってしまった空樽がテーブルとして使われ、その樽の上には余った火炎瓶の中身がショットグラスに注がれて並んでいる。


 今朝の戦闘は、死織たちの大勝利で終わった。

 指揮官であり、最強の武将でもあるオーガが死織によって倒されたことを知ったゴブリンたちは、青い顔で逃げ出し、二度と戻ってこなかった。

 一方、村人とキャラバン隊を含めたピコの村の防衛隊は、ただ一人の戦死者も負傷者も出さなかった。

 まさに、完全勝利といっても過言ではなかったのだ。



 そしていま、戦闘に参加した全員がテッドの店に集まって、大宴会を催している。


 厨房のテッドが作る料理をつぎつぎ運ぶのは、メイミーとタカハシ。

 喧騒と人いきれのなか、勝利の美酒の乾杯音頭という大役をみごとこなしたヒチコックは、階段下のテーブルに陣取る死織たちのところにもどってきた。


「おう、おつかれ」

 死織はもどってきたヒチコックに軽く2本指を振って敬礼する。


「いやー、緊張しましたよ」といいつつ、ちょっと嬉し気なヒチコック。人生初めての、乾杯の音頭であるらしい。中学生だから当たり前だが。


「ま、お前が最大の功労者だからな」

 死織はふっと苦笑した。


「いやいや、あたしなんて。やっぱMVPは、作戦を立てた死織さんですって。それに、ゴブリンを何匹も倒したカエデさんも」


「いやいや、あたしは、大したことしてないよ」

 すでにビールジョッキを空けてしまっているカエデも、嬉しそうにヒチコックのことを見ていた。


「襲ってくるゴブリンどもと戦おう。そう主張したのは、おまえだ、ヒチコック」死織は小さく肩をすくめる。「おまえがいなかったら、この村もキャラバン隊も全滅してた。やっぱおまえがMVPだろう。おまえが、みんなを救ったんだよ。ま、ボーナスの経験値もGもまったく出ないけどな」


「てへへへへ」


「はい、おまたせー」

 そこへ死織たちの酒を運んでくるタカハシ。

「えーと、死織ちゃんとカエデさんが、冷酒かな?」

 二人の前に、グラスの入った黒塗りのますを置く。

「で、ヒチコックちゃんがジン──」

「ありがとうございまーす!」

「──エールね」


「ありがとうございます」お気に入りのエール(だと思っている物)のジョッキを置かれてご満悦のヒチコックは、空のジョッキをタカハシに渡す。一度もどったタカハシは、一升瓶を2本持ってもどってきた。


獺祭だっさいの純米吟醸はどっち?」

「あ、あたしです」

 カエデがちいさく手を上げ、彼女の前のコップにタカハシが太い腕で一升瓶を傾け、透き通る液体をとくとくとくと注ぐ。



 升の中に置かれたコップからあふれた吟醸酒が、縁から盛大に零れ、コースターがわりの黒塗りの升を満たしてゆく。


「面白ーい」

 横から覗き込んでいたヒチコックが目を輝かせている。

「そんな注ぎ方するんですね。あたしも飲んでみたいー」


「おめーは、未成年だろうが」

「えー、いいじゃん、ケチぃ」


「死織さんが、浦霞うらかすみ?」

「おう」


 タカハシが、持ってきたもう1本の一升瓶を死織のコップに注ぎ、ふたたび零れた酒が升を満たし、それをきらきらした目でヒチコックが観ている。

 いまは大人しく引き下がったが、こいつ、絶対どこかで酒を注文する気だな、と思いつつ死織はヒチコックの横顔を見ていた。


「じゃ、いただきます」

 カエデがコップに口をつける。


「ねえねえ、エールでもそれに注いでくれるんですか?」

「聞いた事ねえよ」死織はあきれたが、仕方なくタカハシにお願いする。「じゃ、タカハシさん。こいつの ジンジャーエールも同じように注いでやってよ」

「あいよ」


 しばらくして、ジンジャーエールを升酒風に注いでもらってテンション・マックスとなったヒチコック。

 死織の真似をして、升の角に手塩皿から塩を盛って飲みだした。

「おまえはそれ、しなくていいのっ! もうっ、子供かよ」


 くすくす笑ったカエデが、グラスからつうっと酒を啜ってひとこと。

「あー、うまいわ」


「まさに勝利の美酒だな」


「やっぱ、純米吟醸は、華やかさがちがいますね。死織さんは、一杯目から醸造酒でいいんですか? あたし、やっぱ純米吟醸こそが、真の日本酒だと思うんですけど」


 死織は、くっと升をあおった。


「醸造酒は、たしかに醸造アルコールを加えているため、純米酒より低く見られがちだ。が、ものによっては純米酒にはないすっきりした旨みがある。あんまり酒にうるさくない俺には、こっちの方があってるよ」


「ふうん」

 カエデは深くうなずいた。

「死織さん、明日からはどうするんですか? まだここでLV上げを?」


「いや、目標LVの8になれたんで、出発しようと思う。そっちは?」

「あたしも、つぎの場所へいこうと思ってます。古都『ラムザ』を目指そうかと」

「ふむ、俺は裏街道かな? おい、ヒチコック。おまえも俺とくるか?」


「え?」ヒチコックは目を輝かせた。「あたしをつれていってくれるんですか?」

「子供をひとりで置いておくのは心配だからな」

 死織は口をとがらせたが、ヒチコックは気にせず万歳した。

「やったー! 一緒にいきます!」


「ふふふふふ」

 カエデが笑った。

「お2人とも、いいコンビですもんね」


「どこが!」

「そうですよ! こんな中身おっさ──むぐっ」



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