死織・ザ・格闘ゲーマー

第24話 オーガ・バトル


 わーん!というメイミーの泣き声が響いている。

 くそっ!

 死織は舌打ちして、酒場の角を曲がり、視界の先に巨大な敵の体躯を確認した。


 全身毛むくじゃらの青い巨体。雄牛のような筋肉と、猪のように潰れた醜悪な顔貌。頭には角。バスケットボールのようにでかい拳に、小さく見える手斧を下げ、巨木のように太い脚でのっしのっしと歩むさまは、筋肉の戦車。


 逃げ惑うキャラバン隊のメンバーが、めくらめっぼう火炎瓶を投げるが、基本攻撃力のないNPCの投擲する武器は効果が低い。あさっての方に転がったり、割れなかったり。たしかにジャック・ダニエルの四角い瓶はアメリカ製だけあって割れにくいのだが。



 逃げ遅れて地面に転んだメイミーが、こちらへ向けた泣き顔を真っ赤にして号泣している。オーガが歩み寄り、手にした斧を振り上げる。


 ふざけやがって。そんな小さな子を殺す必要がどこにある。このダーク・レギオンめがっ!

 死織は全力で駆け込む。


 斧を振り上げたオーガの巨体の足元に倒れているメイミーは、まるでトラックのまえに飛び出した子犬のようだ。死織は、最後の3歩をジャンプですっ飛ばし、地に伏すメイミーの身体をかっさらうと、前方受け身でエスケープした。


「がはっ!」

 がしかし、背中に衝撃が走り、ばっと血がしぶくのが視界に入る。斬られたのが自分の背中で、日本海の波飛沫なみしぶきみたいに飛び散ったのが自分の血だと気づくのに数瞬を要する。


 痛みに顔を歪めつつも、地を転がってメイミーを投げ、追撃してくるオーガの、振り下ろしてくる手斧へ穿脚せんきゃくを放った。死織の爪先が突き刺さり、オーガの手から手斧が回転しながら飛んで行く。


 素早く地の上を転がり、敵の間合いから抜けようとする死織。視界の上をチラ見して、自分のHPゲージを確認する。がっつり赤い。9割以上もっていかれている。

 が、現在は格闘モード。回復魔法も、回復アイテムも使えない。


 オーガの丸太のような腕が槍のように突き込まれ、すばやく立ち上がった死織はサイドステップで躱す。さらに振り回されるオーガの腕。上段ガードでなんとか防ぐが、HPがガードの上からかすかに削られる。


「くそっ」

 毒づきつつ、視界上方を確認。オーガの情報が表示されていた。ここは運がいい。エネミー情報は、エラーを起こして非表示であることもあるから。


 敵のオーガはLV15。なんてことだ。まともに相手するには、ちょっと難しい強さだ。HPゲージはかなり長いが、それよりもおそらく怪物並みに高い防御力の方が問題だろう。


「みんな逃げろ!」

 警告して、キャラバン隊を下げさせる。これは相手が悪い。万全の体調でも怪しいところを、こちらのHPは瀕死。視界が赤い点滅を起こしている。

 やられるかも……。

 死織は、死を覚悟した。


 オーガが踏み込み、強烈なバックブロー。浅い。

 来るっ! 唐突に読めた。ローキックだ!


 オーガが意表をついたつもりで、低い蹴りを放ってくるが、見えている。死織は↙Gの下段雲手うんしゅでオーガの蹴りをホールドし、その太い脛を抱えこむと、そのまま肘打ちから膝蹴りのコンボを叩き込む。

 呻いてのけ反る青い怪物の顔面へ、分脚ぶんきゃくで爪先を叩き込み、拳打、拳打、拳打! ハイキックから七寸靠しちすんこう


 オーガのHPゲージががりっと削れる。が、のけぞった化け物の顔には余裕がある。



 しまった!

 死織は自分の失策に気づいた。

 こちらの攻撃は相手のゲージを削るが、敵の被弾モーションは小さい。

 一方こちらの硬直モーションは大きいのだ。死織の硬直時間、すなわち攻撃終了からふたたび動けるようになるまでの時間より早く、オーガの方が動き出せる。LVが違い過ぎるのだ。


 血走った巨鬼の両眼が、サディスティックに光る。長い爪の伸びた巨大な手が、死織の首に伸びてきた。


 ガンっ! ガンっ! ガンっ!


 死織の背中越しに伸びたヒチコックの腕が、コルト・ガバメントを連射する。強烈な反動に身をのけ反らせながら、暴れる銃を押さえつけて、黒い軍服のガンナーが硝煙と薬莢を振りまきながら、45口径弾をオーガの顔面に連発で叩き込んだ。


 マンストッピング・パワーに長けた45ACP弾の7連射を喰らい、ノックバックして下がるオーガ。

 ヒチコックのガバメントがスライドを後退位置で止め、残弾ゼロ。入れ違いに死織は飛び出し、ミドルキックからハイキックへの変則コンボ。視界の隅でヒチコックが冷静にマガジン・チェンジしているのを確認するも、こちらのその一瞬の隙をついて、オーガが反撃。


 強烈なオーガの肘、さらに2連撃の膝がくる。スウェーバックで辛くも躱すが、1発でも喰らえば即死確実。返しの単鞭→P撃、膝蹴りから、派生の旋風脚K+G

 跳躍して身を回転させながらの大技の廻し蹴り。モーションが派手な分、硬直時間が長い。だが!


 こちらの硬直にあわせて、ふたたびヒチコック!

 飛び出してきて、トリガーを引く。


 ガンっ! ガンっ! ガンっ! ガンっ!


 怒涛の連射。オーガの腹、胸、肩、顔と着弾し、さすがの魔獣も後ろへさがる。

 が、ふたたびスライドがストップする。残弾ゼロ。死織はヒチコックと入れ違うように飛び蹴りで踏み込む。

 いまのでヒチコックは2本のマガジンを使い切った。次は10秒後。格闘ゲームでは、永遠とも思える10秒後だ!


「逃げろ!」

 死織は叫んだ。

 もう無理だ。あと一撃でも喰らえばお終いだ。ガードの上からも削られてしまう。とても、とても、このオーガの攻撃を凌ぎきれるものではない。


 まったくもって、勝てる気がしなかった!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る