第17話 ゲート囲い


「野営したのが50なら」カゲロウは低くつぶやく。「規模は100匹前後でござろう。明日の朝、村の門が開かれたタイミングで、襲ってきますな。くくくく、お2人とも、そうそうにこの村を離れた方がよろしゅうござるよ。危ない危ない」

 慇懃に笑うと、カゲロウは麻のフードをすっぽりと頭からかぶり、仲間のところへもどってゆく。


 死織は去ってゆく忍者の背中を見つめる。どうやら奴は、そのまま割り振られた部屋に案内されて行くようだ。が、すぐに、そうではないと気づく。

 おそらくあの忍者。部屋に泊まる振りして、そのまま逃亡する気だろう。なんとも慎重なことだ。


「あのー。『ゲート囲い』ってなんですか?」

 1人蚊帳の外のヒチコックが、きょとんと訊ねてくる。

 死織は、大きい声を出すなと手で制し、説明する。


「俺たち地球人は、このダーク・アースに奴らダーク・レギオンを囲い込んで、『ハルマゲドン・ゼロ』というゲーム・システムでその殲滅を狙っている。だが、向こうも、無策でやられてくれているわけではない。その反撃の手の内のひとつが、『ゲート囲い』さ。はじまりの村を大軍で襲って、占拠する。そこで待ち伏せして、ちょうど昨日のお前みたいに、ログインしてきた新人プレイヤーをその場で狩るんだよ。なにせ相手はログインしたてのルーキー。LV1だし、武器も持ってない。無抵抗のプレイヤーをその場で確実に殺せる。奴らとしては、極めて効率のいい攻撃方法だ」


「えっ、そんな」ヒチコックは青い顔で目を見開く。「じゃあ、ログインしたとたん、敵の集団に囲まれているってことですか?」


「ああ」死織はむっつりとうなずく。「そのまま嬲り殺しさ」


「死織さん、じゃあ、あたしたちは、どうすればいいんですか?」

「どうするもこうするも」死織は空を見上げる。「まだ日が高い。いまのうちに、旅立って、出来る限り遠くに逃げるんだ」

「え、え、でも、……そうなると、この村は……?」

「どうにもならねえ」死織は唇を噛んで首を横に振る。「敵は100匹のゴブリン。対して、俺たちは、LV1のガンナーと、LV7とはいえ俺はクレリック。回復職だ。もう1人いる魔術師のカエデは、初級魔法のファイア・ボールを当てることすらできないポンコツだぞ。とても勝ち目がない」


「え、でも、でも」ヒチコックは首を横に振る。「そしたら、村の人はどうなるんですか? テッドさんとかメイミーとか。あと、これからここへログインしてくる新人プレイヤーの人たちは……」


「可哀想だが……」


「そんなぁ。だって、明日の朝襲ってくるんだったら、キャラバン隊の人たちもみんな殺されちゃいますよ」


「村人全員とキャラバン隊全員が殺される。そこに俺とお前が含まれるか、含まれないか? そのちがいだよ。どうする? 俺は逃げるぜ。他に選択肢はない。おまえは、どうする? ここでほかのみんなと一緒に殺されるか?」


「他に方法、きっとありますよっ!」ヒチコックは大声で叫んだ。「みんなで戦えばいいじゃないですか。みんなで力を合わせれば、絶対勝てますって!」


「勝てるわけないだろ!」

 死織も思わず声を荒げる。

「クレリックと、素人ガンナーと、ポンコツ魔法少女しかいねえんだ。さっきの忍者は、あれは逃げるぞ。手伝ってはくれねえ!」


「じゃあ、村の人たちにも協力してもらいましょうよ!」


「あれは、NPCだ。戦う力はねえ! だたの村人なのっ! 戦闘スキルはないんだよ。AIなんだ!」


「でも、村の人たちだって、死にたくないはずですよ! 武器持って戦うばかりが、戦いじゃないじゃないですかっ! なにか、それ以外でできることをしてもらって、戦う手伝いを!」


「戦う手伝いってなんだ! 応援でもしてもらうか? 歌でも唄ってもらうのかっ!」


 思わず興奮してしまい、死織は声を荒げていた。息も激しくなっている。ヒチコックを激しく睨みつけ、思わず手を上げかけた。


 ……が。


 !


 死織は、ふと周囲を見回した。

 そこには5台の荷馬車と、山積みされた荷物。うまやにはきっと5頭の馬。

 村にはたしかに、村人がいる。キャラバン隊のメンバーは、15人。


 死織は茫然と振り返った。


「……まてよ。なんとかなるかも知れねえぞ」



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