第14話 そんなやつ、一人もいない!
──当たらない。……当たらない。
ヒチコックは引き金を引くたび、焦りをつのらせた。
5メートル離れた白い金属の円盤。木枠からチェーンで吊り下げられた鉄のプレート。
さっきからそれに狙いをつけて引き金を引いているのだが、1発も当たらないのだ。
当たらない。当たらない。びっくりするほど、当たらない。
激しい銃声と反動が、ヒチコックの身を翻弄する。受け流し、ときに抗い、撃発する銃をコントロールする。花火くさい硝煙の香りがたちこめ、あたりがかすかに煙る。
トリガーを引くたび、銃は怒ったように震えてスライドを後退させ、轟音とともに激しく跳ね上がる。薬莢を吐き出し、地に落ちたそれがたまに鈴の音みたいな金属音を響かせる。
が、標的のプレートに着弾して響くはずの金属音は、まったく聞こえてこない。
「朝っぱらから、ご精がでますねぇ」
呑気な声が響いたのは、トリガーが動かなくなり、あれ?と思って銃をみたら、スライドが後退位置でストップしていたタイミングだった。
弾倉が空になると、スライドは後退位置でストップし、スライド・ストップというロック機構が働く。つまり、残弾ゼロだったのだ。
ヒチコックは、隣に立った死織を一瞥すると、空になった弾倉を引き抜いて、ポーチから予備弾倉を抜き取り、銃把に叩き込む。親指……が届かないので、反対の手でスライド・ストップを解除すると、かしゃっと音をたててスライドがもどり、初弾が薬室に装填された。
死織の前でいいところを見せようと、よぅく狙ってトリガーを引く。
銃が爆ぜたが、ターゲットは微動だにしなかった。
「外れ、外れー」
メイミーが機嫌良く騒ぎ立てる。
「ヒチコック。おまえは、『コンバット・シューティング』は最強の格闘技だといったな」
死織は、5メートル先のターゲットを見つめながら口を開く。
「だが、『ハルマゲドン・ゼロ』の世界では、ガンナーは最弱の職業だと言われている。理由はこれだよ。……銃ってのはな、全っ然、ほんっとうに、当たらないんだ。ドラマやアニメでは、面白いように敵を倒すが、実際に撃ってみると、これが、まったく当たらない。信じられないくらいに、当たらないもんなんだ」
ヒッチコックは唇を引き結び、5メートル先のターゲットを睨む。
5メートルといえば、ちょっと広い部屋の反対端くらいの距離だ。たったそれだけの距離ですら、ヒチコックの撃った銃弾は、一度もあのターゲットを捉えることが出来なかった。
「練習します」きっぱりと言い切った。隣の死織をまっすぐ見上げ、もう一度言い切る。「めちゃくちゃ練習します。そして、上手くなります」
ヒチコックは、ゲーム規制法が出来てから生まれた。
彼女が生まれたときすでに、市販されるゲームというものは日本から無くなっていた。だから、彼女はゲームを知らなかった。知らないがゆえに、ゲームの世界はきっと、すっごく楽しいものだと思っていたのだ。
だが、ちがった。ゲームの世界にも、厳しい現実はあるのだ。嘘みたいに楽しいことばかりではなく、どうにもならない、つらく苦しい現実が、やはりあるのだ。経験値を積んでレベルを上げれば強くなれる。そんな、簡単には、ことは運ばないのだ。
「……練習して強くなれば、きっと、その強さは、あたしを裏切らないと思うから。頑張って練習すれば、あたしだって、強くなれると思うから」
最後の方は、泣きそうになって声が震えていた。
死織はまっすぐ前を向いたまま、つぶやくように答えていた。
「そんなん、あったりまえだろ。練習しないで、強くなった奴なんて、一人もいねえんだからさ」
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