ヒチコックはひとり唇を噛む

第13話 コルト・ガバメント45オート


 翌日の早朝。ヒチコックは酒場の裏庭に出ていた。


 テッドの酒場の2階は宿屋になっており、彼女は昨晩はそこに泊まった。もしかしたら何日か滞在することになるかもしれない。

 『ハルマゲドン・ゼロ』の宿屋は、基本個室。1部屋に1人泊まることになる。だれかと同室ということは基本的にない。

 また「ドアが共通で中が別部屋ということもない」と死織から説明を受けた。が、ドアが共通で中が別の部屋というのが、ヒチコックには意味不明だった。



 実はヒチコックは1人で外泊ということをしたことがないので、家の自室以外で、1人で寝るというのは、これが初体験だった。今朝起きたとき、見たことのない天井の下で、知らないベッドの中で寝ていた自分を見つけて、なにか随分遠くまで来てしまった気がしたものだった。


 早い時間に目覚めた彼女は、階段を下り、そこでテッドの娘だという女の子、メイミーに出会った。


 メイミーは金髪のおさげが可愛い、幼稚園児くらいの少女で、ちょっと恥ずかしがり屋の、おしゃまさんだった。

 そのメイミーから、ヒチコックは、裏庭にある射撃場のことを教えてもらったのだった。


 ヒチコックは早速その場所にいってみた。

 裏口から出たところにある広場に、木の台が置かれ、その5メートルくらい先にターゲットがある。この木の台に立つと射撃の練習ができ、フリーで弾を撃ちまくることができるのだそうだ。


 雨ざらしの、捨てられたテーブルのような台には、「射撃練習場」の文字が彫られ、5メートル前方の木枠からは、金属の丸いプレートが太い鎖でぶら下がっていた。あれが標的であるようだ。


「あの白い標的を撃つとー」ヒチコックにくっついてきたメイミーが、小さい人差し指を伸ばして説明する。「かーんって音がして、当たったのが分かるんだよ」


「なるほどぉ」

 『武装』ボタンを押して、銃とマガジン・ポーチを腰のベルトに装備したヒチコックは、腕組みするとターゲットを睨んだ。


 標的までの距離が近い。近すぎて練習にならなそうだが、まあいいか。

 腰のホルスターからガバメント45オートを引き抜き、弾倉マガジンを確認する。7発全弾装填されたマガジンは、文鎮のようにずしりと重い。装填された弾丸の弾頭が黄色に変化していて、練習モードになっていることがわかる。

 ヒチコックは、マガジンを銃把グリップ内に挿入し、初弾を薬室に送り込むべく、スライドを引こうとして……。


「お、重い」

 思わず呻いた。


 テレビや映画では、自動拳銃のスライドを、刑事もテロリストも簡単そうに引いている。が、いざやってみると異様に重い。銃のスプリングが強いのと、スライドを引く動きで撃鉄ハンマーを起こさないとならないので、すっごく力がいるのだ。

 仕方なく、両腕を伸ばし、銃を膝のあたりに固定して、思いっきり引っ張って、なんとか初弾を装填した。


 そうして気づいたのだが、昨日はこの、スライドを引いて初弾を装填するという作業をやっていなかった。ハンマーを起こしただけで撃てる気でいたのだが、実際には薬室に弾は装填されておらず、安全装置を外し忘れなくても、結局弾はでなかったことに気づいて、われながら呆れた。



 気を取り直し、握った銃を確認する。

 初弾は薬室に装填され、ハンマーはコックされている。安全装置サム・セイフティーは外れているし、ぐっと握り込むことによってグリップ・セイフティーというでっぱりがへっこんで、こちらも解除されている。


 引き金に指はかけない。撃つ直前まで、指はまっすぐ伸ばしておく。

 いま、ヒチコックのにぎった武骨な大型自動拳銃は、いつでも銃弾を発射できる状態にある。

 一種独特の緊張感。

 ヒチコックは、両手でしっかり銃のグリップを握り込むと、腕を伸ばしてターゲットに狙いをつけた。


 銃の先端についた照星フロントサイトという凸部をターゲットである白いプレートに重ねる。銃の後端についた照門リアサイトという凹部を照星に合わせる。これでヒチコックの銃口は、まっすぐターゲットに向いていることになる。

 息を詰め、引き金に指をかけ、ぐっと引き絞ってゆく。


 激しい爆発音と白い閃光が爆ぜ、目の前が一瞬見えなくなる。構えたガバメントが、下からサッカー選手のキックを喰らったみたいに跳ね上がり、ヒチコックの上体がのけ反った。

 きん!とくる耳鳴り。花火の匂い。一瞬なにが起こったのか、自分でも分からなかった。


「外れぇ」

 メイミーがけらけらと笑う。


 が、ヒチコックはそれどころではなかった。

 ──こ、こ、こ、これが銃! これが45口径! こんなに強烈な反動なの!?


 正直、びっくりした。

 撃った瞬間、跳ね上がった銃が自分の顔面を直撃しそうになって、全身からどっと冷や汗が吹き出していた。


「45ACP弾、半端ねえ……」

 それだけ言うのがやっとだった。


「ねえねえ、当たってないよ!」

 すぐそばで、メイミーが楽しそうに笑っていた。



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