死織・ザ・飯テロリスト

第12話 どんなゲームにも必ず、裏技というものが存在する


「そ、それっ。お、教えて下さい!っ」


 カエデの叫びと同時に、テッドが瓶ビールとジンジャーエールを持ってきた。


「ま、乾杯してからにしようや」

 言いつつ、死織はカエデのグラスにビールを注ぎ、自分のグラスにも注いだ。


「んじゃ」

 という死織の合図で、3人は杯をぶつけ合う。


「かんぱーい!」


 死織は、グラスにガチャンと金属ジョッキをぶつけてきたヒチコックに、「おいっ」と突っ込みつつ、黄金の液体が満たされたグラスに口をつける。


 綿雲のように細かい泡を吸い取り、その下からするりと滑り込んでくる、キンと冷えた苦み走る甘露。ふくよかな麦芽の風味と、きりりと効いたホップが、すっきりとした後味をのこしつつ、さわやかな喉ごしで胃の腑に沁み込む。


「くぅー、うめぇー」

「おいしいですね」

 カエデも相好を崩している。


「うわっ、辛っ」

 ひとりヒチコックが、渋面で、ダレた犬みたいに舌を垂らしていた。


「大人の味だろ。ちゃんと最後まで飲めよ」

 にやりと死織は釘を刺す。


「あの……、さっきの話なんですが……」

 カエデがおずおずと訊ねてくる。

 死織も忘れた訳ではない。

「裏技な」

「はい」


 魔術師の魔法は、バトル・モード画面の端に出る攻撃パレットで行う。初期パレットはAからDまでの4ボタン。そこにお気に入りの魔術を振り分けて、ボタンの目押しで撃つ。

 メイジのLV1では、使える魔術は「ファイア・ボール」のみなので、A以外は不使用がデフォルトだ。


 ファイア・ボールは、このAボタンを押すと、リンゴ大の火球がマジック・バトンの先端に生成される。あとは、マジック・バトンをちょいと振ると、それが高速で飛んでいくのだが……。


「……という解説がチュートリアルで表示されると思うんだが、この、『バトンを振る』ってところが、難物で、どうにも狙いが定まらない。とくに素人には難しいよ。しかもファイア・ボール自体は敵にホーミングしないしな。で、裏技なんだが、このバトンの先に生成されたファイア・ボールは、実は手で掴むことができるんだ。そこで、Aボタン押して、バトンのさきの生成された火球を手でつかみ取り、その手を敵に向けて波動拳みたいに押し出す。すると、ファイア・ボールは綺麗にまっすぐ狙った場所に飛んでいくって寸法さ」


「え? 手で掴めるんですか? でもそれ、熱くないですか?」


「熱くないよ。魔法は味方にはノーダメージだ。味方への当たり判定が無いんで全く問題ない。見るからに熱そうに見えるけどな」


「なーるほどー」

 腕組みして大きくうなずくカエデの前に、テッドが、持ってきたバスケットを置く。

「はい、モスチーズバーガー。ヒチコックちゃんと、死織ちゃんはスパイシーね」


「お、来た来た」

 死織は手を揉み合わせると、バスケットにはいった紙包みをそっと取り上げる。が、そのころにはすでに、ヒチコックは中身にかぶりついていた。


「慌てて喰うなよ。辛いんだから」

「平気れす」

「おまえ、モスバーガーの食べ方しらねえな」


 死織は、にやりと口元を歪めると、丁寧に包装紙を開きながら、紙の下端の三角部を折り込む。

「こうやって、いちばん下を折っておくと、ここにソースが溜まらなくて、最後まで綺麗に食べられるんだよ」

「ふーんだ。そんなの、チューチューすればいいじゃないれすか!」

「喰いながら、反論するなよ。肉片飛んだぞ」


 ヒチコックは考えなしにいきなりかぶりついているので、すでに口の周りがソースだらけ。人間を襲ったあとのゾンビみたいになっている。

 死織は大人の余裕で、まずはバーガーの厚みと香りを楽しみ、バンズの下端から齧る戦略でゆく。


 さくさくのパン生地。

 たっぷりと溢れるトマトソース。

 熱い肉汁を滲ませたビーフ・パティ、分厚いトマト。アクセントのようにのぞく、恐ろし気なハラペーニョ。

 口の中にパンを含ませてから、城壁のように聳える具にとりかかる。


 肉の脂身とトマトの微かな酸味がからみ、ミートソースの甘みがそれを引き立たせる。サクっとくる食感のセロリ、濃厚にとろけたチーズ、ビリッとした辛みの電撃を差しはさむハラペーニョ。

 ああ、たまらない。そう、この味だ。

 まさかダークアースでモスバーガーが食べられるなんて……。

 濃厚な具と淡白なバンズを口内で混ぜ合わせながら、咀嚼し、飲み込み、またかぶりつく。気づけば、最後の一片まで胃袋に放り込み、包装紙に残ったソースの残滓をちゅーちゅー吸っていた。


「自分だって、ちゅーちゅーしてるじゃないれすかっ!」

 顔中ソースだらけのヒチコックが、非難するように指さしてくるが、死織はしたり顔で、彼女の指先についたミートソースをぺろりと舌で舐めとった。


「ちょっと! なにするんすかっ! あたしのソース!」


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