第11話 今夜は奢りだ、酒場飯


 死織は、ヒチコックとともに、カエデのテーブルについた。手にしたメニューを広げて、カエデにも「好きなもん頼めよ」と告げる。

「すみません」

 カエデは恐縮したように首をすくめた。


 死織はもちろん、カエデの存在に気づいていた。

 先週ゲートをくぐってログインしてきた新人プレイヤーがいることは、テッドから聞いていたし、森の入り口でファイア・ボールを当てようと、マジック・バトンを突き出して、先端をくるくるやっている姿をここ何日か確認していた。

 が、言葉を交わすのは、これが初めてである。なんとなく、彼女に、悲壮な物を感じていたからだ。触らぬ神に、タタリ無しってやつである。


「はじめまして、死織です」

「こちらこそ、はじめまして。って、何度かすれ違ってますけどね。カエデです。魔術師メイジです。ガチガチの初心者です」

「そうだな。俺はクレリックで、LVは7。故あって、ここでちょっと頑張ってレベル上げしてるんだ」

「クレリックですか」カエデがちょっと、目を見開く。


 僧侶クレリックは、魔術師メイジから進化した上位職種になる。魔術師の職種は、スタートはメイジで固定で、LV5になったら、攻撃魔術系のウォーロックか回復魔術系のクレリックに分岐する。クレリックは基本回復魔術と補助魔術のエキスパートだが、攻撃力として、ちょっと特殊な『格闘スキル』がつく。つまり、武門僧モンクの系列だ。

 死織は当然、この格闘スキルが欲しくてクレリックへ、自分を成長させていたわけなのである。



「注文どうします?」テッドがオーダー表片手にテーブルまできて、声を掛ける。「死織ちゃんは、いつものチリ?」

「あーっと、どうしよう。きょうは別の物にするかな?」

「あたしは、スパモスチ!」

 ヒチコックが元気よく手を上げる。

「スパモスチ? なんだそりゃ?」

 死織は眉をしかめた。訳分からん若者言葉はやめろと言いたい。

「スパイシー・モス・チーズバーガーのことだよ」

 むふふん、と自慢げに鼻を鳴らすヒチコック。


「え? そんなもん、あるの?」

 死織はびっくりしてメニューをのぞきこむ。

 たしかに載っている。1ページまるまる、モスバーガー・メニュー!

「今週は、コラボ・メニューでモスがあるみたいですよ」横からカエデが指さす。「じゃあ、あたしは、モス・バーガーで。辛くないやつ」

「んじゃ、俺もスパモスチだ」ヒチコックに挑戦するように、顎を突き出す死織。


「お飲み物はどうしますか?」

 テッドがオーダー表に書き込みながら訊ねる。

「俺は……、あ、カエデさんって未成年じゃないよね? 一杯どうですか?」

「いいですねー、死織さん、お酒とか好きなんですか?」

「こいつ、中の人、おっさんですから」

 ヒチコックが指さすが、死織は無視。

「じゃあ、われわれ、大人は、ビールでどうでしょう?」

「いーですねー」

 カエデが頬をほころばせて、メニューを指でなぞる。


「死織さん、あたし瓶ビールが飲みたいんですけど」

「ん? 生じゃなく?」

「アカボシ、どうですか?」

「おっ、おつな趣味ですなぁ」死織はにやりと口元を歪める。「じゃあ、テッド。サッポロ・ラガーを2本。グラスはふたつで」

「あたしは、エール!」

 ヒチコックが元気よく手を上げる。

「おめーは、未成年だろうが」

「えー、いいじゃん。ゲームなんだし。一度飲んでみたかったんですよぉ。エールってやつ。ジョッキでぐびぐびって。夢だったんですからぁ」

「ったく、しょーがねえなー」死織はやれやれと肩をすくめる。「じゃあ、テッド。ラガーの中瓶を2本と、 ジンジャーエールをジョッキでもってきてくれ。ウィルキンソンの方な。で、ジョッキは金属ピューターのやつをたのむ」

YUPヤッ!」

 テッドは短く答えると、小さく親指を立てて戻っていった。



「死織さんは、クレリックってことは、もとはメイジだったんですよね?」

 カエデが、おずおずと訊ねた。

「そうだな」

「あの、初期魔法のファイア・ボールって、どうやって当てるんですか? あたし、あれ、全然当たらなくて……」


「あんなん、当たらねえよ」死織は即答した。「ホーミングしないからな」

「そ、そうなんですか……」

「ああ。が、方法がないわけでもない。裏技があるのさ」

 死織は、にやりと笑って片眉を吊り上げた。


 カエデは、がばっと身を乗り出した。

「そ、それっ。お、教えて下さい!っ」

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